| 流浪芸人集団の1つの演目で、馬上で芸をする今の曲馬団のようなものをいう。高麗時代から芸が盛んで、あの撃毬とともに馬を乗ることに優れていたのは、やはり騎馬民族の末裔の故だろうか。
高麗時代には国家行事で、王の親臨のもとに馬上才を行い、朝鮮朝時代は日本に行く通信士についていって、大阪や京都で妙技を見せたという記録がある。「仁祖貫禄」という記録によると、徳川幕府が朝鮮の馬上才人の招請を行い、通信官洪嘉南と、馬上才人張孝仁、金貞勤の2人を日本に派遣したと記されている。
その後も、仁祖14年8月に日本にいった通信士任絖と、同20年二月に行った尹順之の2回の通信節団に、馬上才人2人ずつを連れて行ったとの記録がある。
画・文
木丁・金龍煥
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