| 漢学を習う昔の塾で、日本の寺子屋にあたる。私も八歳で「普通学校」(小学校)に入るまでは、ここで「千字文」「啓蒙編」「童蒙先習」などの漢書を習った。大きな村には大概書堂があり、私のような子供だけでなく「通鑑、論語、中庸、孟子、詩徑」など難しい本を習う大人も混じっていた。
数10人の年齢まちまちの塾生が、講習時間にいっせいに張り上げて本を読む時の響きは、印象的であった。横に鞭をおいた訓長(先生)の前で個人講習のおさらいのときは体の震えが止まらなかった。
嬉しかったのは、行李の中に筆や紙を入れた文房具の行商人が時たま書堂にやってきたときで、あの時行李から取り出す新しい韓紙や墨の臭いは、今でも懐かしく思い出される。
訓長の報酬は村の有志達が共同で、米や現金などを捻出して興え、訓長の食事も各家庭で順番に作っては書堂まで運んでいた。
画・文
木丁・金龍煥
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