| 今から60年前ほどまでは、平安道地方と慶尚道の一部に石戦という遊びがあった。村と村が石を投げ合って戦う鄭石戯である。これは豊年を祈る博了戯のひとつではあるが、死傷者も出る危険な遊びなので当局の禁止にあうことが多かった。
しかし、鄭石戯の歴史は古く高句麗から始まり、新羅を経て中宗代の「三浦倭乱」では、安東、金海地方の投石軍が大いに活躍したという。
この投石戯は、日本が韓国を侵略する以前はほとんど全国各地で、正月15日を前後して行われていた。崇文惰弱とばかり思いこまれていた強が民族に、祖先時代からこのような勇ましい遊びがあったとは意外だが、これが本国のあの学生デモで催涙弾と投石の投げ合い合戦に生かされることは望ましくない。
画・文
木丁・金龍煥
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