MINDAN
在日本大韓民国民団 2002W杯

W杯挑戦史

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▼フランス大会(第16回・1998年

初の先制…歓喜の後に悪夢
オランダ戦惨敗で車監督を電撃更迭
ベルギー戦、意地のドロー


アジア地区予選、いち早く突破 

 アウエーで日本に逆転勝ちするなどアジア地区最終予選を軽々と突破した韓国は4大会連続出場を果たした。悲願のベスト16進出をめざしフランスで熱い戦いを展開した。しかし、またもや優勝候補と対戦。オランダと同組だ。

 初戦の相手はメキシコ。序盤から、メキシコが絶妙な個人技で韓国ゴールを襲い続けるも、前半28分、ゴール正面から20メートル地点で韓国がフリーキックを得る。

ワールドカップ初の先制ゴールを決めて大喜びの河錫舟だったが、この後にレッドカードという悪夢が待っていた

 キッカーは「左足の達人」河錫舟。ゆっくりとした助走から左足で放たれたボールは、ディフェンスの壁に当たり直接ゴールに吸い込まれた。

 1-0。5回目のW杯出場で、韓国が初めて手にする先制点だった。このゴールに、誰もが悲願の1勝そしてベスト16進出が夢や希望ではなく、現実に近づいていると感じた。だが、その甘い夢はわずか2分後悪夢に変わった。

 ライン際でボールキープするメキシコ選手の背後から、河錫舟がスライディング。今大会からバックチャージへの厳しい処罰を決定したFIFAのいけにえとさえ感じられるほど、あまりにもあっけなく、河錫舟がレッドカードで一発退場となった。

 何とか前半は1点リードのまま折り返すものの、強豪相手に10人で戦うのは容易でなかった。後半6分、同点ゴールを許すと緊張の糸がプツリと切れた。29分、39分とエルナンデスに連続ゴールを許し、結果は1-3。先制点は奪ったが、またしても勝利を奪うには至らなかった。

0−5で惨敗、国民から非難の声高まる

 メキシコ戦での敗北をバネに、心機一転オランダ戦を迎えた選手たち。目標であるベスト16進出を果たすため、強豪オランダ相手に引き分けに持ち込む作戦であった。

 6月20日、フランス・マルセイユのベロドロームスタジアム。5万5000人の観衆が見守るなか前半が始まる。

 だが、引き分けどころか、序盤から実力差をはっきりと見せつけられた。ほとんど自陣に釘付けで、ろくな攻撃もできないまま迎えた前半37分。オランダのコクーに1点を許すと、5分後にもオフェルマルスにゴールを決められ、結局前半は0-2。

 後半に入り、時折シュートを放つも、オランダの前には歯が立たない。後半26分、ベルカンプに1ゴールを許し0-3。

 その後も立て続けにゴールを奪われ、結局0-5の惨敗に終わった。ここ数年で最も点差をつけられての敗戦だった。

 この惨敗に国民とマスコミから非難の声が高まり、ついには車範根監督がW杯の最中に更迭される前代未聞の事態となった。

 このとき韓国を完膚無きまでに叩きつぶした張本人こそ、現在の韓国代表を指揮する監督。当時のオランダ代表監督であったフース・ヒディング氏だ。

2002への確かな手応え

 第3戦はベルギー。オランダ戦での惨敗で国民の怒りは最高潮に達し、それは「せめて初勝利を」との願いに変わった。ベスト16進出は失敗したが、W杯初勝利をめざし韓国は執念を燃やした。6月25日パルク・デ・フランス。負けられない一戦が始まった。

悲願の1勝は果たせなかったものの、韓国らしい「魂のサッカー」を見せたイレブンたちにスタンドから大きな拍手が鳴りやまなかった(写真はベルギー戦試合終了後)

 前半開始早々の7分。DFに当たったボールをニルリスが左サイドから右足でシュート、韓国のゴールネットが搖らされた。しかし、先制点を許すと急激に崩れ始めた前の2戦とは違い、より激しい闘志でベルギーに立ち向かい始める。

 後半26分、河錫舟の左からのフリーキックを柳想鐵がゴールマウスの右から飛び込み同点ゴールを決めた。

 韓国に引き分けると5大会連続の決勝リーグ進出の夢が絶たれるベルギーも、反撃を開始するが、韓国代表の闘志はそれを上回っていた。

 DFの李林生は接触プレーで目の上を切り、流血で視界が遮られるため頭に包帯を巻きながら試合に臨む。痺れた足に針を打ちながらも走り続ける選手もいた。

 決勝リーグ進出に執念を燃やすベルギーの波状攻撃を、韓国はまさしく体を張って防ぎ続けた。1-1の引き分け。またしても悲願の1勝は叶わなかった。しかし、海外のマスコミは韓国選手の闘志に敬意を表し絶賛した。最後の最後でようやく韓国伝統の「魂のサッカー」の見せてくれたのである。<おわり>

 

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