客殿からの展望「日東第一形勝」 1711年に朝鮮通信使一行は鞆の浦を訪れ、福禅寺を使館としていた。従事官だった李邦彦は、客殿からの展望が素晴らしく「日東第一形勝」と賞賛したのである。 ところが、訪日10回目(1748年)の朝鮮通信使一行が鞆の浦を訪れたときの宿は、これまでの使館...
ガチンコ対談で響き合う本音 「演じるのは日常の中で誰もがやっていること。自分の身に起きたことを友達にしゃべるのも一つの演劇だと思います。」 「そうですね。例えば即興で歌うのは遊びで誰にもできるけど、大人になるとできなくなってしまう。そんな雰囲気を社会が作っているから。それ...
高麗時代にもあった、「イノシシの焼き肉」 今回の料理名「カジェユク」の「カ」は家、「ジェユク」は肉という意味で、家畜として飼われる豚を意味します。「ヤジェユク」という料理もありますが、調理方法は全く同じです。違いは「ヤ」が、野生という意味で、猪を指します。 その...
「御馳走一番」お持てなしを絶賛 朝鮮通信使の研究者、辛基秀さん(1931~2002年)とは、87年に「国書」の調査で韓国同行取材をしたことがある。その頃の朝鮮通信使は遣唐使、遣隋使のような認知度はまだなかった。 朝鮮通信使の日本取材は、辛基秀著『新版 朝鮮通信使往来』(明石書店...
日本は韓国を併合すると、朝鮮総督府は植民地政策を推し進めた。その第一歩は、朝鮮総督府の財政を確立するために1910年から8年間にわたり韓国全土を対象に行った「土地調査事業」だ。広大な土地を国有地として収奪し、その多くは日本人に払い下げられ、次々に日本人地主が誕生した。 この事業によって農地を奪われた農民らは、小作農化するか、...
フィルムはどこに?日本版の翻訳は? 映画「晩秋」は何度もリメークされた韓国映画史に残る傑作である。「外国人がイングマール・ベルイマンを誇るなら、私は李晩煕の『晩秋』について語りたい」と『「縮み」志向の日本人』の著者李御寧は言った。 そのオリジナル・シナリオを書いた金志軒は、未発...
にぎやかな上関来航しのぶ 朝鮮通信使は、赤間関(あかまがせき)から無数の島々が織りなす瀬戸路の絶景を堪能し、海上140㌔メートル先の上関(かみのせき)に向かった。 新井白石は、1711年に使節団の受け入れを簡素化して経費を抑えようとしたが、1764年(推定)第11回のとき...
鶏肉の中に薬味類 暑い夏も終わり、肌寒い季節になってきましたね。季節の変わり目で体調を崩している方もいらっしゃるのではないでしょうか。そのような時にぴったりな滋養食をご紹介します。 今回の料理は「ヨンゲチム」です。韓国語でヨンゲとは若鶏のことです。日本ではヒナ鶏1羽はなかなか売...