25年前の9月17日、韓国で初めて五輪聖火が灯された。88年ソウル五輪ということで、通称「パルパル」と叫ばれた。この「パルパル」という単語、開催決定後、韓国全土に広がった。
高度成長のシンボルとして飲食店をはじめとする商店の屋号はもちろん、ビル、道路など各分野にわたって名付けられた。
10年のバンクーバー冬季五輪や南アフリカW杯、08年北京五輪と昨年のロンドン五輪で大活躍したのも、ソウル五輪を前後して生まれた「88世代」と呼ばれるスポーツの申し子たちだ。
黄金世代とは別に「88万ウォン世代」というのもある。97年のIMF経済危機時、給料が88万ウォン前後の貧困層が増え、この呼び名が定着したらしい。
それはさておき、次世代育成を主要運動に掲げる民団では全国津々浦々でオリニ行事が盛んだ。その全国イベントとして、韓国で隔年開催されているオリニジャンボリーの初開催は01年。当時の参加オリニたちもソウル五輪前後に生まれた「88世代」。民団の次世代組織、在日韓国青年会のホープも「88世代」ということになる。
20年夏季五輪が東京に決まった翌日、ブエノスアイレスで韓日の五輪委員会会長が会談し、「スポーツ交流と協力は今の両国関係を好転させ、互いの理解を深めることに貢献できる」と語り合い、18年平昌冬季五輪と20年東京夏季五輪の成功に向け、全面的協力を約束しあった。
民団も「成功に向けて力になりたい」と歓迎談話を発表、気の早い青年会員には「ボランティアで参与したい。今から語学勉強しなくては」との志願者も。7年後、三十路前後の「88世代」が東京で活躍する姿が楽しみだ。(Z)
(2013.9.11 民団新聞)