掲載日 : [2019-08-15] 照会数 : 10815
韓日関係改善への提言…韓日の知識人が語る
[ 経産省で行われた日本政府の説明会。韓国側担当者(右)を迎えてもあいさつはなく、服装もあまりに対照的「代表撮影/毎日新聞社提供」 ] [ 李元徳 国民大学日本学科教授 ] [ 朴喆煕 ソウル大学国際大学院教授 ] [ 澤田克己 毎日新聞外信部長 ]
日本が半導体などの材料3品目の対韓輸出規制を強化、7日には「グループA(輸出管理の優遇対象国)」から韓国を除外する政令を公布した。韓国も強い抗議と遺憾の意を示すとともに即座の撤回を重ねて促した。一部の日本紙は両国の対立関係を「一触即発」とあおる。関係改善の道はないのか。李元徳国民大学教授と朴喆煕ソウル大学国際大学院教授、澤田克己毎日新聞外信部長3人の講演要旨からそのヒントを探る。
李元徳 国民大学日本学科教授「ICJ提訴も選択肢」
徴用工問題は第三者に
いまは北韓問題に集中せよ
去年秋の元徴用工に対する大法院判決と慰安婦財団の一方的な解散が重なり、韓日関係は2012年以来、急速に悪化している。日本の内閣総理府の調査によれば、日本国民の対韓好感度が一時の6割から3割にまで減った。同じく韓国でも日本の通商産業政策に反発し、日本に対する好感度が低下している。
さらには日本での憲法改正の動き、集団的自衛権の認定、歴史修正主義の方向性、独島に対する領有権の積極的な主張も問題を複雑化させている。韓国が今年3・1独立運動100周年を迎えて取り組む親日残滓の清算キャンペーンも両国関係悪化の原因となっているようだ。
日本メデイアのなかには文在寅政権が「親北・反日政権」という見方もあるようだが、これもリアリズムから乖離している。「保守」対「進歩」という対決関係のなか、韓半島の平和確保を優先するという政策のプライオリティーからして、結果的に日本を戦略的に重視していないだけであって、決して「反日」とはいえない。
これまでの韓日関係悪化のパターンといえば、国会議員の靖国神社参拝や政治家の妄言に象徴されるような日本発の歴史問題だった。今回は韓国の司法が発火点となり、政治・歴史分野に限らず、経済・安保分野まで悪化が及んだ。
次に、韓日関係を悪化させている4つの要因を個別に考えたい。
まず、慰安婦合意の問題。安倍さんは財団の一方的な解散に不満を持っているかもしれない。ただし、文在寅さん自ら明言しているように、慰安婦合意を破棄したわけではない。再交渉も要求しないという。おそらく、文政権の任期中にこの問題が外交上の争点として浮上することはあるまい。慰安婦問題は山を越えたと私は認識している。
ふたつ目、長期的に大事なのは文政権が進めている対北姿勢をめぐる日韓の温度差だ。温度差があるのはしかたないこと。決定的な問題にはならない。北の核廃棄に向けてのプロセスは韓国と日本で違ってあたりまえ。韓日関係を決定的に悪化させている要因は徴用工問題だといえる。
冷戦時代、韓国と日本は経済と安保で結束した。90年当時、日本の経済力を「10」とすれば、韓国と中国はそれぞれが「1」。圧倒的な国力を背景に日本は近隣国に対しても寛大だった。ところが、2018年になると韓国を「1」とすると日本は「3」とその差が縮まった。中国に至っては「7」~「8」と日本を追い抜いた。韓日はごく普通の両国関係になった。
一方で日本は国家主義的傾向を強め、市民社会の要求に応えようとする文在寅政権との間でアイデンティティーの衝突が起きている。これは両者の相性の良しあしもあるかもしれない。お互いの信頼が低下し、会おうともしない。会わないから関係がもっと悪くなる。
韓国は日本を「戦略的に重視していない。日本の役割は要らない」と突き放すが、これはまちがった認識だ。日本は韓半島の平和に建設的な役割を果たす資源と能力を持っている。
韓国がこれからもなにもしなければ、日本と韓国は経済戦争になる。止めるには徴用工の問題に対する合理的な解決策をとるしかない。「基金方式」が一つの案だが、被害者に納得してもらえるのか。本来日本企業が支払うべき賠償をなぜ韓国(政府+企業)がという不満もありうる。さらには被害者の範囲を訴訟進行中の14件900余人に限定するのか、さらに広げるのかあらかじめ決めておく必要がある。
もう一つ、請求権協定第3条に基づく仲裁委員会による解決が考えられるが、3人の仲裁委員の構成をめぐって韓日両国が合意できるのかは疑問だ。なにより、仲裁で国際紛争が解決されたというのは聞いたことがない。
私は第一に基金方式を推すが、オプションとして国際司法裁判所(ICJ)への提訴も悪くない案と考える。両国の最高法院の判決が食い違う以上、第3の国際司法機関の判決に最終的な結論を委ねることは被害者の救済をどうすればいいのかを考えるうえで平和的な紛争解決方式になりうると思うからだ。
争点は①1965年の請求権協定によって個人の請求権が消滅したのか否か? 植民地支配は不当なのか? 一人あたり1億ウォンの賠償金がはたして適切なのか……。最終的な結論が出るまで4~5年かかるのもメリット。韓国が完敗する可能性はほとんどない。一部勝訴と一部敗訴が考えられる。
徴用工問題が長期化すれば、韓半島の平和統一にも影響を及ぼす。いつまで古い歴史問題で対立を続けるのか。発想を転換するときだ。いまは北韓問題に集中しよう。
(「危機の日韓/韓日関係ー緊急診断と今後の展望」7月20日、東大での講演から)
李元徳(イ・ウォンドク)
国民大学教授。ソウル大学校卒、東京大学大学院総合文化研究科修了。世宗研究所などを経て国民大学日本学科教授・日本学研究所前所長。
朴喆煕 ソウル大学国際大学院教授「安保で緊密な協力を」
相互の戦略的価値認め
未来を一緒に歩く同伴者に
1965年の韓日基本条約と一連の協定によって韓国は日本政府に対する外交的な請求権を放棄しているのは確か。ただし、個人請求権は残っているとの解釈が国際的な潮流だ。新日鉄住金に対して賠償金の支払いを命じた大法院判決(2018年10月)が「とんでもない」わけではない。韓国としても最終決定なので無視できない。判決を尊重せざるをえないのは嘘ではない。
韓国は日本よりも三権分立がしっかりしているので問題になるのだ。大法院は2012年5月にも「個人請求権は残っている」との判決を示している。このとき、まともな対応をしなかった。もう1回、論点整理するべきだった。
にもかかわらず、大法院判決を受けて韓日双方とも「厳罰至上主義」になった。韓国側は「大法院判決に従わない日本はけしからん」と怒り、日本側は「65年の約束を守らない韓国のほうが悪」という構図だ。
韓国政府は被害者中心主義をはっきり打ち出し、結果的に自分で自分の足を引っ張ってしまった。身動きがとれないのだ。「やらないのではなく、限界がある」というのはよくわかる。それに対して、日本側は首相、外相、官房長官とも「ここまで言わなくてもいいのに」と思うくらい言葉遣いが強い。状況を悪くしているのは日本側の姿勢といえる。
日本側は第三国仲裁委員会を構成するよう要求した。いま、韓国国内の論壇は多様化している。昔は反日一辺倒だったのが、「日本の立場を理解せよ」「仲裁裁判所の呼びかけに応じるべきだ」との意見もある。少なくともだめだとは言わない。
では、仲裁裁判所に行くのがいいのか?一部には「仲裁裁判所に行けばヒートアップを冷ますうえで時間稼ぎになり、その間にお互いが歩み寄るのでは」といった希望的観測もある。私の結論を言おう。仲裁委員会はそんなに望ましいことではない。
なぜならば、仲裁委の結果が出るのは3~5年後のことだ。そのころには文大統領も安倍首相も政治的責任を負う立場にはない。勝ち負けによっておこる政治的爆風を受け止めるのは次期政権になる。仲裁の結果いかんでは国と国との対決と葛藤がさらに深まる懸念があり、そんなに望ましいことではない。なにより仲裁結果が出て、当事者たる市民団体が納得するだろうか。実際的効果は少ないのだ。
日本側の輸出規制は早すぎた。現金化しているわけでもないのに、タイミングも悪い。日本側が輸出を認めないわけではないので、簡単にいえばいやがらせだ。日本の対応は理解できかねる。韓国側と日本側の双方に責任があるのに、徴用工とは何ら関係のない企業に罰を与えたようなもの。
韓国政府が土下座することを期待しているのだろうか。結果はまったく逆になるだろう。企業は生き残るために新たな輸入先を探すか、自分で素材を開発するしかない。三菱自動車のエンジンを搭載していた現代自動車が94年に独自に国産エンジンを開発するとは誰も想像しなかった。サムスン電子をなめてはいけない。脱日本企業へと進み日本側にもマイナス。
韓国と日本の国際政治を見る目、戦略的判断は違う。北韓問題が最優先順位の韓国にとって日本は役に立たない国のように見える。しかし、それは浅はかな見方であって、対北戦略、韓半島の平和に果たす日本の役割は大きい。
韓国と日本の協力は安保のためにも重要。緊密に協力しないといざという時の有事に対応できない。好き嫌いはあってもお互いを要らないとはいえないのだ。いまこそ、相手の戦略的価値を再発見するべきだ。いちばん欠けているのが本音での円滑な意思疎通なのに、感情的になってしまい両国の対話のパイプがどんどん細くなっているのは問題。現政権ではびっくりするくらいの関係改善は難しいかもしれない。常に相手への配慮を欠かさず、未来を一緒に歩く同伴者ということを意識して行動してもらいたい。(「日韓の対外認識の溝は埋められるか」7月10日、東大での講演から)
朴喆煕(パク・チョルヒ)
ソウル大学国際大学院教授。ソウル大学日本研究所所長、国際大学院長、韓国現代日本学会会長を歴任。専門は日韓関係、東アジア国際関係など。
澤田克己 毎日新聞外信部長「等身大の韓国を見よ」
過去を引きずる高齢者
格差縮まり相互依存の時代
日本の対韓輸出管理強化をどう見ればいいのか。
これまでは3年分一括して許可を出してきた。これからは「禁輸」ではないけれど、許可を一つずつ出す。しかも、許可を出すかどうかは当事者の胸先三寸で、韓国側にはどうされるのか、予見可能性がない。日本が法律を厳格に適用することで、韓国側にいやがらせするのは確か。昔の「順法闘争」のようなものだ。
韓国の半導体産業の工場が困るのも確か。ただし、それも一時的なものだろう。半導体の在庫は米中貿易戦争で3カ月分、積み上がっている。たとえ、工場の操業が若干落ちたとしても、数カ月は痛くない。当面困らない間に他のところから買ったり、いざとなれば自分のところでつくることでしょう。韓国が対策を取るための時間は十分。結局、めぐりめぐって日本のメーカーが市場を失っておしまいというシナリオが考えられる。
なぜ、日韓関係は、こじれているのか。文在寅政権に反日的なことをやっているという意識はない。反日というよりもそもそも対日政策に関心がないのだ。積弊清算へ自分たちの敵対勢力である保守派をたたいたら、その保守派の裏に日本がいただけ。日本をたたくのが本意ではない。
1960年ごろの韓国は世界最貧国の一つだった。むしろ北のほうがGDP(国内総生産)が高かった。ところが、民主化を果たし、2010年にはOECD開発援助委員会に加盟した。旧植民地が第2次大戦後、独立して開発援助委員会に入ったのは韓国だけ。
一人あたり国民所得の推移を見ても、1970年当時には6・5倍あった日本との経済格差が、17年は1・4倍にまで縮まった。物価を考慮した購買力平価(㌦)だと格差は1・1倍にすぎない。
経済的に自立を果たすと日本への依存度が低下し、対日コンプレックスはなくなった。文政権が日本と喧嘩しようが、仲よくしようが大統領支持率にはほとんど影響がない。政治は政治と切り離し、日本の文化を気軽に楽しめる余裕ができてきた。日本文化は大人気なのに、政治的関係は最悪でも放置される。
一方、日本はバブル崩壊による「失われた20年」で自信と余裕がなくなってきた。その裏返しか、「日本すごいね」といった伝統・文化の自賛が目立つようになった。経済的には「日本が韓国を支える」構図から、相互依存の時代になった。こうした現実にきちんと向かい合っていかないとならない。
象徴的なデーターがある。「韓国に親しみを感じる」人の割合を伝える内閣府「外交に関する世論調査」によれば、12年以降、世代間のギャップが拡大している。明らかに若い人たちに韓国への拒否感が少ない。11年は20代が61・4%、70歳以上も54・4%が韓国に親しみを感じていた。その差はわずか7ポイント。これが李明博大統領が竹島(独島)に上陸した12年には30ポイントに広がった。18年も27・8ポイントだ。高齢者に「嫌韓」が目立つ。
なぜ、高齢者が厳しいのか。現実にきちんと向かい合っていないからだ。「韓国は軍事政権の貧しい国でしょ。頑張っているけれどまだまだだよね」という若い時の感覚をそのまま引きずっている。自分がかつて見下した相手からため口をきかれるとカチンとくるわけだ。米国トランプ大統領のTPPからの離脱はルールもへったくれもない。日本との慰安婦合意を守らない韓国もルール無視の「ちゃぶ台返し」という点では一緒なのだ。ところが、慰安婦合意で韓国に向けたのと同じくらいの熱意で怒りを米国には見せていない。
一方、若い人は貧しかった時代の韓国を知らない。30歳代でも中学の時にはそこそこ豊かだった韓国の姿を見てきたから「(日本も韓国も)同じようなものでしょう」となる。もとより韓国を見下すことはない。これは韓国も同じ。「日本は豊かだ」という感触がしみついている。
問題は実態認識がついていっていかないこと。意識の変化には時間がかかる。少しは落ち着いて見える冷静な判断ができる下地作りとしての交流が大事だ。
(「なぜ日韓関係は、こじれているのか」7月13日、「北東アジアみらいプロジェクト」講演から)
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞外信部長。91年入社。岡崎支局、整理部、外信部、政治部を経てソウル支局、ジュネーブ支局。ソウル支局には合わせて8年半勤務した。
(2019.08.15 民団新聞)