掲載日 : [2019-09-11] 照会数 : 8332
時のかがみ「韓国学中央研究院」荒木潤(翻訳・執筆業)
[ 韓国学中央研究院正門 ]
歴史・文化を学びたい
在日青年にお勧め……
「これは大変なことになるかもしれない」
2007年8月に留学生としてソウル近郊にある韓国学中央研究院大学院(以下研究院)にやって来て、唾を飲み込んだ時の「ゴクリ」という音が今も耳に残る。ここは山の麓を切り拓いた所にあり、緑が多く環境はいいのだが、しんと静まり返り、普通の大学キャンパスのような活気がない。
たまに思索に耽っていると思しき学生がトボトボと歩いている。ここで4年間勉強して博士号取得までには相当な努力が必要になると直感した。その直感は的中し、講義前に読む必要がある資料が多く、寄宿舎と講義室を往復する毎日となった。あれから紆余曲折もあり論文提出・卒業まで11年もかかってしまった。
研究院は1978年、つまり朴正熙軍事政権下、設立された。当初は「韓国精神文化研究院」と言い、設立目的は「韓国文化の本質を研究し、主体的歴史観と健全な価値観を打ち立て…民族文化を暢達する」ことにあったという。当時の世相が色濃く反映した内容だ。
しかし、民主化と国際化の流れの中、研究院の雰囲気は柔軟になった。1990年代に在学したある日本人学生は周囲に受け入れられるのに相当苦労したと聞くが、私が在学した当時、所属する人類学科の教授と学生は日本人の私に優しく接してくれた。
苦楽を共にした人類学科の卒業生たちとは今でも交流が続いているし、たまに資料を探しに研究院を訪れると守衛のおじさんを始め、皆が優しく歓迎してくれる。小さな大学院ならではの暖かさだ。私はあまりこれまで感じて来なかった愛校心をいつしか研究院に対しては抱くようになった。
留学生には授業料免除など特典もあり、研究院には世界各国から学生が集まっていた。在外コリアンも中国の朝鮮族をはじめ多かったが、在日学生はいなかった。過去も在日学生はほとんど不在だったらしい。
ところが、私が修了した後に洪里奈という元気な在日学生が人類学科に入って来た。里奈さんは当初あまり韓国語が得意でなかったが、努力の末、2016年に無事修士課程を卒業した。
その韓国語の論文『文化的抵抗としての民族学級』は韓国外務省、在外同胞財団の学位論文賞で最優秀賞を受賞した。並みいる博士論文を差し置き、修士論文が最優秀賞に選ばれるとは大変な快挙である。本人の努力はもちろん、研究院の質の高い指導の賜物だ。
里奈さん曰く、在日の友人の中には研究院に軍事政権期の否定的なイメージを抱き、留学に反対した人もいたという。研究院に在日学生が少なかった背景にはそうした事情もあったのかもしれないが、時代は動き、研究院も様変わりした。
在日の若者の中で、大学を卒業し、なお韓国の歴史・文化を本格的に研究したい向きは研究院への留学を検討してもいいだろう。
ただし在日の場合、韓国居住歴が長いと「内国人」に分類され入学条件が変わることがある。詳しくは事務方に問い合わせされたい。
(2019.09.11 民団新聞)