掲載日 : [2020-08-26] 照会数 : 5655
<寄稿>沈黙する韓国の「統一運動団体」に問う (上)
[ わが民族を「金日成民族」だとした「朝鮮新報」(7月13日付) ]
「わが民族」は「金日成民族」なのか
寄稿 朴 容 正(元民団新聞編集委員)
「わが民族同士」の理念を基本精神とする金大中大統領・金正日国防委員長「6・15南北共同宣言」(第1項「南と北は国の統一問題を、その主人であるわが民族同士で互いに力を合わせ、自主的に解決していくことにした」)の発表から20年になる。
この間、「わが民族同士」は、北韓当局および韓国内の6・15共同宣言実践南側委員会など「統一運動団体」、そして在日の朝総連によって、「南北の融和・統一」を主張するとき最大のキーワードとして強調されてきた。北韓の対外宣伝用ウエブサイトの名称も「わが民族同士」である。
同時に北韓は、「わが民族」を「金日成民族」だと宣言している。北韓の日本における忠実な代理・代弁組織である朝総連も「わが民族」を「金日成民族」だと、機会あるたびに主張している。
朝総連機関紙の「朝鮮新報」(5月29日)によれば、朝総連・許宗萬中央議長は、5月24日付朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に掲載された「総連結成65周年 絶世の偉人たちと結んだ血縁の情は総連の永遠な生命線です」の中で「われわれ在日同胞は、祖国人民たちとまったく同じ金日成民族の一員だ」と強調している。
そして、「朝鮮新報」(7月13日)は7月7日付「労働新聞」を引用、金日成主席の「祖国解放」後の業績を収録した革命実話叢書『民族とともに』第1巻の出版を伝え、「今回、金日成民族の偉大な歴史を末永く伝える『国宝的な大傑作』として誕生した」と大きく報じた。
「韓国内の民間統一運動団体の結集体」だとする6・15共同宣言実践南側委員会は、このような「金日成民族」宣言・主張に対して、これまで一度も異議を唱えることなく、6・15共同宣言実践北側委員会などとの連帯・共同行動を重ねてきた。のみならず、朝総連への「支持・声援」を「民族統一運動の重要課題」だと北側と共同発表し、朝総連との関係を積極的に強化している。(以下一部敬称略)
「平壌宣言」後も公言
北韓は、1994年7月の金日成死亡以後、「わが民族=金日成民族」だと内外に言明してきた(94年10月、金正日「金日成死亡100日談話」)。2000年の「6・15南北共同宣言」発表後も、「金日成民族」宣言を撤回することなく繰り返し強調。「金正日死亡」(11年12月)後もやめていない。
独裁権力を世襲した金正恩委員長は、2012年4月15日の金日成生誕100周年慶祝閲兵式での祝賀演説で「金日成民族の百年史は波乱が多い受難の歴史に永遠の終止符を打ち、わが祖国と人民の尊厳を民族史上最高の境地に高めた」と宣言した。さらに、朝総連中央・許宗萬議長への「2013年新年祝電」で「私は総連が金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新たな高揚期を開いていくための闘争で誇らしい偉勲を立てていくことを固く信じる」と教示している。
これを受け、許宗萬議長は、同13年2月16日の金正日生誕71周年慶祝在日本朝鮮人中央大会での報告で「全員が偉大な金正日大元帥様の崇高な遺訓と敬愛する金正恩元帥様の綱領的お言葉を高く仰ぎ、金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新しい高揚期を開いていこう」と呼びかけた。
許宗萬議長は、翌14年5月の朝総連第23回全体大会(4年に1度開催)での報告では、金日成・金正日を「民族の永遠の太陽」として高く戴くことを確認するとともに、「敬愛する金正恩元帥様をわが民族と祖国の最高領導者に高く戴く」との誓いを新たにした。
許議長は、18年4月の文在寅大統領・金正恩委員長「板門店宣言」(韓半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言)からまもない5月の朝総連第24回全体大会での報告では、金正恩を「金日成・金正日」とともに「民族の偉大な太陽」だと強調。閉会辞で「金正恩様を全民族の希望の中心」として「天地の果てまで戴き仕え」「敬愛する元帥様だけを信じて従う」ことを「内外に誇示した大会」だったと力説している。このように朝総連は、北韓の「金日成民族」宣言に全面的に呼応、傘下の朝鮮学校でも「金日成民族教育」に力を注いでいる。
「6・15宣言」に背反
だが、わが民族にとって「金日成」はどんな存在だったか。スターリンと毛沢東の支持・支援のもとに同族相食む「6・25」韓国戦争(朝鮮戦争、1950年6月~53年7月)を引き起こし、数百万同胞の犠牲者を出したうえに、南北分断を固定化させ、1000万離散家族を生み出した張本人である。しかも、戦争責任を韓国・米国側に転嫁するとともに、3年間の「祖国解放戦争」に「勝利」したなどと歴史を歪曲・ねつ造・美化し、個人独裁と権力世襲・王朝体制づくりに力を注いだことで知られている。
わが民族を「金日成民族」などと称することは、わが民族に対する重大な冒涜というほかない。「金日成民族」主張は、独裁体制下で70年以上にわたり歴史の歪曲・ねつ造と金日成一族絶対化・神格化の続く北韓地域内では通用しても、民主主義体制下の韓国内では主権者である国民が認めるところではない。それは在日同胞社会においても同じである。北韓の最高指導者に、本当に同族・同胞愛があり、南北融和・協力を通じての統一問題の平和的解決推進の意思があるならば、「金日成民族」主張を、少なくとも「6・15南北共同宣言」発表後には速やかに撤回しなければならなかった。
なぜならば、「6・15南北共同宣言」の署名・発表に際して、金大中大統領が韓国の最高指導者として「わが民族=金日成民族」と称することに反対こそすれ同意するはずがないからだ。「金日成民族」主張は、南北統一に向けて「わが民族同士の」団結・協力の推進をうたった「6・15南北共同宣言」とは根本的に相いれず、南北共同宣言の誠実な履行を内外に約束した以上、北の最高指導者が自ら進んで撤回して当然だったのである。
ところが、北韓は「金日成民族」宣言に加えて「金日成・金正日・金正恩=民族の最高尊厳」「金日成・金正日・金正恩=民族の太陽」などと、さらにエスカレートさせている。金正恩は、金正日が父・金日成の遺体を永久保存し錦繍山記念宮殿に安置したのに倣い、金正日の遺体を永久保存し同宮殿に安置するとともに12年2月に名称を錦繍山太陽宮殿に変更、宮殿広場を中心に大規模な改造工事を行った。
その上、13年4月の最高人民会議で憲法の一部内容を修正・補充させ、前文に「金日成主席と金正日総書記が生前の姿で安置されている錦繍山太陽宮殿は首領永生の大記念碑であり、全朝鮮民族の尊厳の象徴であり永遠なる聖地である」と書き加えた。同時に採択した「錦繍山太陽宮殿法」では、同宮殿を「すべての朝鮮民族の永遠の太陽の聖地」として「永久に保存し代々輝かせていくことを、崇高な使命」と定め、その維持に多くの費用とエネルギーを注いでいる。
不可解な南側委員会
北韓の「金日成民族」主張は、18年4月の「板門店宣言」、同9月の「平壌共同宣言」後も、まったく変わっていないのはなぜか。朝総連中央は、「6・15共同宣言」と「金日成民族」主張は全く矛盾せず、合致するかのように同胞を欺いている。のみならず、全在日同胞が「金日成民族」「民族の太陽」「民族の最高尊厳」主張などに賛同しているかのように喧伝している。
たとえば、総連中央の南昇祐副議長は17年6月15日付談話で、「今こそ、北、南、海外の全民族が敬愛する元帥様(金正恩)の祖国統一路線と方針を高く奉じて、6・15共同宣言を実践し自主統一の大通路を必ず開かなければならない時だ」と強調。「(金正恩の提示した祖国の平和と統一、北南関係発展のための)全民族大会の平壌開催は、いま、北と南、海外の民心の激しい流れとなっている」とし、その支持・実現のための「民団同胞を含む各界各層を網羅した全同胞的運動」の展開を呼びかけていた。
それにもかかわらず、6・15共同宣言実践南側委員会は、「金日成民族」宣言・主張に異議を唱えることも撤回を求めることもなく、朝総連への「支持・声援」を「民族統一運動の重要課題」とみなし、朝総連との関係を強化しているのは、なぜなのか。南北の平和・統一問題に強い関心をもち朝総連中央の実体を知る在日同胞の多くが思う当然の疑問である。
(2020.08.26 民団新聞)