掲載日 : [19-02-01] 照会数 : 16934
旧生駒トンネル崩落事故から106年 工事犠牲者を偲ぶ
[ 慰霊碑を前に姜栄熹住持の法話に耳を傾ける参加者たち(宝徳寺) ]
【奈良】旧生駒トンネル崩落事故で生き埋めとなった犠牲者を偲ぶ追善奉納(企画運営=同実行委員会)が1月26日、「韓国人犠牲者無縁佛慰霊碑」の建つ生駒市の宝徳寺(姜栄熹住持)で営まれた。事故から106年目を迎え「悲しく、大切な歴史の記憶と記録を風化させてはならない」と、民団生駒支部(金潤哲支団長)が事務局を担った。
旧生駒トンネルは東大阪市と生駒市の境にある生駒山を東西に貫いている。「広軌」の複線としては当時、日本一の長さだった。事故は着工から2年目、1913年1月26日のこと。作業中に153人が閉じ込められ必至の救助活動にもかかわらず、19人が亡くなった。当時の新聞報道や過去帳などから、犠牲者の4人は韓国人と類推されている。
工事には韓半島からも200人を超す人たちが携わっていた。もともと軟弱な土と硬い岩の層が複雑に入り組む「掘ってみないとどれだけ崩れるかわからない」という難工事だったといわれる。
追善奉納には関西各地から同胞と市民団体の関係者40人が出席。1977年に境内に建てられた慰霊碑の前で献花した。碑の下部には韓国人と日本人の石仏が2体見える。当時の抗夫たちがつくったといわれる。
金支団長は「名もなき尊い犠牲者がいたからこそ近鉄電車が走り、生駒地域に今日の発展と繁栄をもたらしたことを決して忘れてはならない」と語った。