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<コラム・布帳馬車>「最後にできた母孝行」

 解放の年の10月、母は、帰国していく両親と弟、妹を見送った。母も生まれて間もない私がいなかったら迷わず帰国の道を選んでいただろう。私がいたがために日本に身内のない孤独の身になった。

 それでも母は黙って耐えた。父といさかいを起こすと「どうして私を一緒に連れて行ってくれなかったのか」と韓国語でつぶやきながら泣いていた。

 60年代に仁川に住む母の弟から手紙がきた。文面は50万円を無心するものだった。私が女ながら高校に進学したことで、たいそう裕福に思われたようだ。「そんな大金はない」。立腹した父は「これで終わりにする」といって返事も書かなかった。それ以来、韓国の親族との間で音信は途絶えた。このことが母に大きな心の傷を残した。

 ある日のこと、母から電話が入った。94年、ソウルで聖水橋が落下したときのことだ。「この何日か弟が夢に出てくる。橋の事故で死んだのかもしれない」。私は韓国に住む親族を訪ねた。叔父は橋の落ちる5日前に亡くなっていた。

 その足で釜山に叔母を訪ねた。離れていても容姿は母とうり二つ。これが家族の絆、血なんだと初めて気がついた。間もなくして叔母は54年ぶりに日本を訪れ、車椅子の生活を送る母との再会を果たした。そして母は亡くなった。その顔は思い残すことのないかのように穏やかだった。最後の最後になって母に親孝行ができたのかもしれない。縁側で泣いていたときの母を思い出している。(Y)

(2005.08.31 民団新聞)
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