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『北朝鮮へのエクソダス』を読む
北朝鮮へのエクソダス(テッサ・モーリス−スズキ著、田代泰子訳。朝日新聞社。2200円+税)
「帰国事業」の影をたどる
浮上する 日本の重い責任

 脱北者支援民団センターによれば、日本に密かに戻ってきた元在日同胞の脱北者は現在、120人ほどになるという。1959年12月から84年までの「帰国事業」で北送された同胞は、9万3340人。在日脱北者は確実に増え続け、大量に日本を目指す可能性も否定できない。元在日の脱北者問題をどう捉えるべきか−−日本社会や在日同胞はもちろん、周辺関連諸国も「帰国事業」に対する本格的な総括が必要になろう。最近発刊されたテッサ・モーリス‐スズキ著『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』は、その格好の材料だ。(編集部)

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断固一貫した政府当局

周到に追い込む
治安・民生で不当に負担視

 exodus(エクソダス)は一般に、集団による出国・移住を指す。元来は旧約聖書の出エジプト記にあるイスラエル人のエジプト脱出のことを言う。モーセが率いたエジプト脱出は、奴隷状態に甘んじていたイスラエル人に、まず約束の地という希望を与えたが、「地上の楽園」が約束された「北朝鮮へのエクソダス」が如何なる結果を見たのか、改めて語ることさえ憚られよう。

 「帰国事業」については、在日韓国・朝鮮人を民生・治安の両面から負担視する日本政府と、労働力不足を補うと同時に政治プロパガンダの格好の手段とする金日成政権の思惑が人道・人権の名のもとに一致したもの、と見られてきた。同著はこの「通説」を裏付けつつも、しかし、本質に迫りきれていないことも教えている。

 「帰国事業」には何よりも、日本政府当局の断固かつ一貫した意志が最大推進力になった。4基のエンジンに例えるなら、日本当局は3基を担ったと言っていい。著者はジュネーブに本部がある赤十字国際委員会が、最近公開した膨大な関連文書などを丹念に追い、その実態を詳細に記述した。大筋を整理しておこう(用語・用法は同著に準拠する)。

 朝鮮人社会からの帰還要求は56年4月、47人が日赤本社に長期の座り込みを敢行したのが最初とされる。「その後の2年間、総連は帰国という大義を全力で推進したが、(中略)北朝鮮への大量出国を掲げる総力キャンペーンに総連が突然に、そして劇的に、乗り出したのは、1958年になってからだった」。58年8月11日、川崎の在日朝鮮人が集会を開いたのを契機に、その後2週間ほどのうちに、帰国を求める大規模な運動が日本全国に燃え広がったのだ。

 こうした要求に押される形で58年11月、「在日朝鮮人帰国協力会」が発足し、その役員に自民党元首相・鳩山一郎、社会党書記長・浅沼稲二郎、共産党書記長・宮本顕治らが名を連ねた。当時の激しい左右対立を考えれば、まさしく異常と言える超党派であった。

 「日本の権力階級にいた一群の人たち」は、「朝鮮人マイノリティを日本から北朝鮮へ大量移住させようと決意していたが、その実施にあたっては、その過程で自らの果たした役割が人目に触れないように心をくだい」ていた。そして、表面的には在日朝鮮人の要求に人道的に応えようにも、南北対立の板ばさみに合って苦悩する誠実な仲介者を装い、国際赤十字の人道主義的権威を最大限に活用したのである。

 韓国政府は「宣戦布告も辞さない」との強い態度で臨み、折からの韓日国交交渉が何度か中断されている。民団も「第二の強制連行だ」「韓国の故郷・親族と縁を切るのか」と訴え、新潟に結集した決死隊がレールに横たわって「帰国列車」を止めるなど、猛烈な反対運動を展開した。著者は民団の反対運動にも触れている。

 解放直後から始まった在日同胞の帰還事業は、47年8月に事実上の終了を見た。以降、「日本の権力階級」が朝鮮人大量送還の意思を公にしたのは49年、吉田茂首相がマッカーサーに宛てた書簡が初めてとされている。

在日朝鮮人の要求運動の怪

 50年12月、官房長官が「朝鮮人危険分子の故国への強制送還」の意思を表明。54年1月、日赤社長は北赤十字会に対し、残留日本人の帰国への安全確保の見返りに、在日朝鮮人の帰国に協力するとのメッセージを送った。55年9月には、日赤使節が赤十字国際委員会に帰国問題を実質的に提起した。

 そして、47人が日赤本社で座り込みをする10日ほど前、日赤は赤十字国際委に、常任理事会が全会一致で「今年中に少なくとも6万人を帰国させることが不可欠」だと合意したことを伝えている。

 こうして56年は、「帰国事業」に決定的な意味を持つ二つの出来事があった。

 この時期、「在日朝鮮人の生活保護受給者は13万人以上」とされていた。厚生省は2月、「生活保護の過度な申請」を取り締まるべく警察との合同作戦を全国一斉に開始した。同胞受給者は約8万1000人減少し、厚生省は約28%の保護費削減に成功したとされる。著者はこの一斉取り締まりが「与党自民党が『朝鮮人の北朝鮮帰国の支援運動を始める』ことを秘密裏に決定した直後に始まった」と指摘している。

 もう一つは、赤十字国際委員会の担当者が来日し、47人の座り込みと遭遇させられたことだ。そのうえ担当者は各省庁から、在日朝鮮人の「犯罪率の高さ」や生活保護が国家財政を圧迫している実態を繰り返し聞かされ、これは「政府の財源を別の使途につぎこむようにしむけて、日本の再軍備を妨げようとする左翼朝鮮人による運動の一環である‐つまりこれはたんなる財政問題ではなく、国家の安全に関わる事態なのだ」とまで説諭されている。

「帰国」が唯一救済の方途と

 日赤社長は同じ時期、ジュネーブに在日朝鮮人の苦境についてこう書き送った。「彼らのための生活救済金の総額が削減され、そのために、日本の生活水準上昇とは裏腹に、さらに困難な状況に追いやられている。したがって、彼らが生きていくための唯一の方法は、建設に多くの労働者を必要としている北朝鮮への帰国である」。

 著者はまた、52年4月のサンフランシスコ講和条約の発効によって、外国人となった朝鮮人が福祉を受ける資格を剥奪されたこと、なかでもとくに重要な国民健康保険と国民年金制度が外国人を明確に排除したまま、「第一次帰国船」が出航した59年に発足したことに言及した。これらから浮かび上がるのは、「大量出国」という唯一の出口に向けて、羊の群れを追い込むような、日本当局の用意周到な囲い込みである。

■□
在日脱北者への支援急務

共同体の真価を
「帰国太り」の総連は猛省も

 著者はこの本のまとめにあたる部分で、こう述べている。

 「帰国の悲劇の責めを正確に誰にどう配分すべきかについては、議論は永遠に尽きないだろう。だが、今もっとも大切なのは、その遺産としっかり対峙し、二度と同じようなことを起こさせないことだと思う。多くの力がひとつになって帰国運動が形成された〓〓−−もっとも顕著なのは、日本と北朝鮮の政府、両国の赤十字、総連、日本の野党とメディア、赤十字国際委員会、そして、ソビエト連邦とアメリカ合衆国の政府。このすべてが誤りを正す責任をともに負っている。

 しかし、この本で新たに機密解除になった文書から追ってきた物語は、そもそも日本の官僚、自民党の政治家、日本赤十字社の動きから始まったのだった。

 誤りを正す責任とプロセスを引き受けることも、必ずや同じ場所から始まるべきであろう」

 日本当局の非人道的かつ政治的な思惑を熟知しつつも、人道主義の建前と関係国・団体の圧力に抗し切れなかった赤十字国際委。中ソ対立のなかで北韓を取り込む一方、経済成長著しい日本との交易拡大を狙ったソ連。米国もまた、日本の意図を知り尽くしながらも、対日安保条約締結のため日本政府に配慮を示す必要があった。「帰国事業」は、硬直化する冷戦構造に組み込まれてもいたと著者は言う。

 北韓には57年末の時点で、韓国戦争時の中国義勇兵がおよそ30万人残留し、再建支援に当たっていたが、中国は大躍進運動に労働力を集中するため全員を撤収させた。北韓にとって「帰国事業」は、失われた労働力を補うだけでなく、韓日関係正常化の動きを妨害する一方で、北こそ人道的に高い地位にあると主張する好材料だった。

 筆者は「ほとんど全員がもともとは南の出身者であるにもかかわらず、身を挺して社会主義の北に帰ってくる−−そんな光景ほど効果的なプロパガンダがほかにあるだろうか」と指摘する。

 当然のこと、総連の責任は大きい。「帰国事業は在日朝鮮人社会における総連の影響力をとてつもなく大きくし、広く日本社会全体における総連の印象を強くした。最終的に、総連は、移住斡旋業者兼事実上の領事館ネットワークのようなものとして行動し、それによって在日朝鮮人社会の奥深くまでその支配力を浸透させた。日本に残しておく資産を総連に預けて北朝鮮に渡った人が多かったために、帰国事業は総連の金庫に大きな富を送り込んだ」。

民団も日本に公的支援促す

 こう指摘しながらも筆者は、次のようなメッセージを忘れていない。「総連がメディアに悪鬼のように扱われている昨今の政治状況で、本書がそれに油を注ぐようなことにならないことを、むしろ、帰国事業に関する討論は総連が未来に向かって新たな道を行くためにも、過去と現在の総連関係者が過去を吟味するきっかけになることを、切に願っている」。

 脱北者支援民団センターは、元在日同胞や日本人妻・夫とその家族の脱北者に対して、日本社会で定着・自立するための支援活動を行ってきた。歴史的背景を共有する在日同胞として、脱北者の二重三重の苦境を無視できるわけがない。この事業は今後、より重要になるだろう。

 同センターは日本政府に対し、「第三国で待機している日本入国希望の脱北者は、今も数多くいると言われている。今後ますます増加するだろう脱北者のためにも、彼らを一日も早く難民と認定し、一昨年3月まで稼働していたインドシナ難民の一時収容施設などを再度活用し、定着・自立のための支援に動き出すべきだ」と促している。

 「帰国事業」に対する日本政府の責任問題に今後、国際的な関心も高まるだろう。元在日の脱北者に入国・居住の許可を出すのは、もとより日本政府である。「帰国事業」を主導した歴史的な責任を十二分に意識して、彼らを難民として認定し、手厚い公的支援を施すことが求められる。

 しかし、公的支援がいかに手厚いものになろうと、脱北者たちが定着・自立するには、共同体としての在日同胞社会の協力こそ絶対不可欠だ。これは「帰国者」と同じ時代に生きた者としての責務でもある。

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テッサ・モーリス−スズキ

 1951年イギリス生まれ。バース大学で博士号。現在、オーストラリア国立大学教授。専門は日本経済史・思想史。日本で出版された主な著書に『日本の経済思想‐江戸期から現代まで』、『辺境から眺める‐アイヌが経験する近代』、『過去は死なない‐メディア・記憶・歴史』、『岩波講座 アジア・太平洋戦争』全8巻など多数。

(2007.7.4 民団新聞)
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