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サラムサラン<3> ハルモニの告白
 1980年、私は北九州の放送局で社会人生活をスタートさせた。赴任してすぐ、先輩にある店へ連れて行かれた。深夜、静まり返った市場の路地を曲がった先に、ぽつんと赤提灯が吊ってあった。

 店は焼肉屋だった。うまくて安いぞと、先輩は語った。生まれて初めて食べたホルモン炊きが、おいしかった。10人も客が入れば満員になる小さな店を、お婆さんがひとりで切り盛りしていた。 年は70すぎだが、色白で、どこか仏像を思わせる品のよい顔立ちだった。客と世間話を交わすこともなく、上がりがまちに腰掛けて、客が立つまでタバコを吹かせている。そうして、日曜の休みすらもなく、連日明け方まで店を開けていた。

 新米ディレクターの仕事は忙しく、しばしば深夜2時、3時まで局に缶詰になった。若いので腹が減る。自然とお婆さんの店に通うことが多くなった。

 そのうち、お婆さんと少しずつ話を交わすようになった。他の客がいれば絶対にそのようなことはあり得ないのだが、深夜に店でふたりきりの時、お婆さんは来し方について、ぽつりぽつりと語り始めた。最初は私が尋ねるままに答えたのだが、後にはひとり語りのように自ら話しこんだ。 釜山近郊の金海(キメ)の村の出身であること。日本で働いていた親族を頼って、10代で玄界灘を越えたこと。日本語がまるでわからぬまま、東京で働き始めたこと。日本語を、一日に新しい言葉を3つは覚えるようにして学んだこと……。

 若い私は、その人生のひと齣(こま)ひと齣を、胸に焼きつけるように聞き入った。やがて、食事よりもお婆さんの話を聞きたくて、店を訪ねるようになった。

 韓国を旅行した後で、現地の食堂で聞き覚えたままに、「アガシ」と声をかけると(その言葉を、私は店員への呼びかけと誤解していた)、物静かなお婆さんが、この時ばかりは噴き出した。「ハルモニだよ」と、お婆さんを意味する言葉を教えてくれた。

 ハルモニはボクの「恋人」だった。2日と空けずに通い続けた。「体にいいよ」と、よく高麗人参入りの強壮酒をサービスしてくれた。

 4年がたち、私は東京に転勤となった。挨拶に行き、住所を聞くついでに、ハルモニの名前を聞いた。以前に尋ねた時には頑なに日本名しか語ろうとしなかったが、この時はそっと本名の韓国名を教えてくれた。

 大事な贈り物をもらうように思った。リレーのバトンを渡されたようにも感じた。東京への道中、美しいその名を、何度も胸に繰り返した。(作家)

多胡 吉郎

(2009.4.1 民団新聞)
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