| 定価2300円(税別)。問い合わせは角川学芸出版(TEL03・3817・8922)。
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韓国の伝統定型詩である「時調」(シジョ)の翻訳・研究に情熱を傾けてきた歌人の瀬尾文子さんはこのほど、愛をテーマにした時調169首を収録した『愛の時調 コリア恋愛詩集』を角川学芸出版から刊行した。金一男さん(「時調会」同人、韓国「時調生活」同人)に、日本で時調の魅力を紹介した第一人者として知られる瀬尾さんのこれまでの試みや、同書に対する思いを寄せてもらった。 <寄稿>「時調会」同人 金一男 伝統詩に一途の半生…169首 古今秀作に広がり託す 瀬尾先生が『時調四四三選』を上梓されたのは1997年、先生が70歳の時のことです。この韓日対訳の「時調」訳詩集は、分量といい内容といい不朽の労作でした。これ以前にも、韓国人、あるいは在日韓国人による「時調」の紹介はあったのですが、いずれも断片的なものでした。 「時調」という韓国伝統定型詩にこれほどの執念を傾けさせたものは、歌人としての瀬尾先生の文学的情熱であったでしょうが、それ以上に隣国である韓国への先生の深い愛着だったのだと思います。解放直前、18歳の瀬尾先生は韓国で小学校の先生をしておられました。 まさに集大成 12年前、私がソウルに渡って勉強しているころ、先生から初めて葉書をいただきました。当時、私が日本にいる友人たちと連絡をとりながら始めた時調・三行詩の運動への励ましのメッセージでした。 時調こそは韓国の魂であり、在日のあなたが最後までその仕事をやりとげてほしい、とおっしゃっていました。孤独な生活の中で受けた、強くあたたかい感動を今でも忘れることができません。 その後、瀬尾先生は2003年に韓国の漢詩の日韓対訳詩集『春恨秋思』を出されました。146編もの韓国の漢詩が紹介されています。 その後の先生のお便りで、新しいお仕事に取り組んでいるとのことでしたが、それが2011年、この『愛の時調』に見事に結実したのです。 84歳というご高齢のうえ、重い病をおしてのお仕事でした。 収録された内容については、「古時調」ではやはり朝鮮時代の黄真伊のものが「愛」の情念において秀逸です。現代時調では、李鎬雨・李永道(兄妹)のものに心がひかれます。ことに李永道の「かげろう」は、与謝野晶子に勝るとも劣らぬ女性の情感を、生き生きと詠いあげています。 瀬尾先生もこの「かげろう」に、「黒髪のみだれ直して身づくろう窓に音なく初春の雪」と反歌で唱和しています。 また、「時調」の源流とされる新羅時代の「郷歌」で、月明法師の「亡妹を祭る歌」が収録されていますが、これは古代歌謡の中の最高傑作と言えるものです。 文学的に見て、亡き妹と自分の魂の行方を見つめて歌う、その奥行きの深さと切実さは、おそらく古今に絶するものと思います。 瀬尾先生のご本を通じて、一人でも多くの人が古今のすぐれた「時調」にふれてくれればと願っています。 価値再認識を 「時調」という45音の伝統定型詩は、韓国の心の歴史をつづったものです。瀬尾先生のその間のご苦労を思うにつけ、在日韓国人社会でいまだ「時調」の価値が十分に知られていないことについては、在日の文学者の一人として努力の不足を痛感しています。 私たちはいまだ激動の時代を生きています。これからも私たちが帰属し、責任を分かち持つ民族社会の民主的な繁栄と平和な未来に向けて、ねばり強く闘い続けなければならないわけですが、それだからこそ、その土台となる伝統文化・伝統文学への理解をおろそかにしてはならないだろうと考えます。 キム・イルラム 全民族時調生活化運動本部理事、季刊『時調生活』第69回新人文化賞当選(06年)、第13会柴川時調文学賞受賞(11年)、MINDAN文化賞「詩歌」部門審査委員、本紙「韓国詩歌春秋」筆者。 ■□ 瀬尾文子(せお ふみこ) 1927年韓国生まれ。第2次世界大戦後、釜山港から帰国(18歳)。洋画家瀬尾暹と7年余の交際を経て結婚(35歳)。短歌を熊谷武至に師事(35歳)。愛知韓国学園名古屋韓国学校でハングルを学び時調の研究を始める(45歳)。夫、瀬尾暹と死別(49歳)。愛知韓国学園名古屋韓国学校理事の紹介で、古時調を韓国時調学会顧問の沈載完博士に師事。韓国時調文芸賞(功労部門)、韓国時調学会功労碑、駐日韓国大使表彰状(09年1月1日)、日本の短歌誌「水甕」同人ほか。著書に『時調四四三首選』(育英出版社)、『春怨秋思 コリア漢詩鑑賞』(角川学芸出版)など。 (2011.6.8 民団新聞) |