掲載日 : [2018-08-29] 照会数 : 6103
時のかがみ…「味わいの在来市場」桃井のりこ(編集者・プロデューサー)
[ 海雲台市場のスルチッはいつも大にぎわい(鈴木圭撮影) ]
国内に1500カ所…大好きな釜山・海雲台市場
私が好きな韓国の生活文化のひとつに在来市場がある。現在、韓国には約1500カ所の在来市場があり、それぞれに歴史や特色を持っている。それを見て歩くのも旅の楽しみだが、観光客が人々の日常を間近にし、地元の人とふれあえる貴重な場所という意味で、大きな魅力を感じている。
釜山では東萊市場が市内最古の市場で、開設は1770年、1973年に現在地に移転。東萊は朝鮮王朝時代に府が置かれていた地で、周辺には韓国最古の温泉もある。東萊市場には生鮮食料品、衣料雑貨などの店が連なり、キムチやくだものの露店も並ぶ。昔ながらの市場の風情で、平日も買い物をする主婦の姿で活気にあふれている。
そんな中、私が好きなのが「海雲台市場」だ。ここは百年ほど前に自然発生的に生まれた市場で、現在、200mほどの通りに113軒の店が並ぶ。海雲台ビーチに近く、観光名所でもある。海鮮料理専門店、居酒屋、ミニマート、生鮮食料品、米穀店、美容室などの店がそろっている。最近では、ゲストハウスが増えているのも観光地らしい。
私が初めてここを訪れたのは、1995年。当時と比べると、市場の看板や装飾も大きく変わり、各店が店頭に掲示するメニューも多言語となり、時代の流れを実感する。
さて、市場の中間あたりに店頭で海鮮パジョンを焼き、香ばしい匂いを漂わせるスルチッ(居酒屋)がある。9年前、旅好きの嗅覚でココと思い、入ろうとしたところ、「席はないよ」と断られ、その次には、「もうすぐ閉店」とひと言。店内は庶民的な雰囲気で、地元客が楽しそうに焼酎を飲んでいる。
3度目、ようやく入店。イカやカキ、ネギで具だくさんの海鮮パジョンは、5000ウォン(現在は7000ウォン)の安さ。注文後に焼き上げるため、熱々、カリカリで、まさに絶品の味わい。いつもお客さんがいっぱいなのもうなずける。
そして、足かけ10年。最近では一人でも立ち寄り、マッコリを一杯。席がないときは相席し、偶然の出会いを楽しむ。外国人の私に「これ、おいしいから、一緒に食べよう」と話かけてくれる人も多く、釜山人の情を肌で感じている。
さて、ここの魅力は価格とパジョンだけではなく、店主の人柄によるものも大きい。一見、ぶっきらぼうだが、いつも気遣いを忘れない。市場の顔としても有名だ。今では私もタンゴル(常連)と認められ、満席時には、店頭に椅子を出し、店主とマッコリを飲んでいる。風邪を引くと、温かい料理を作ってくれ、「早く寝なさい」と心配してくれる。
韓国では親しい年上の女性のことをオンニ(お姉さん)と呼ぶが、私も店主にオンニと呼ぶタイミングを計っている。外国人の私が小声で「オンニ」と呼べば、きっと、照れ隠しに「ごはんは食べたの?」と聞いてくるはずだ。
(2018.08.29 民団新聞)