掲載日 : [2018-09-03] 照会数 : 6591
【寄稿】「朝鮮総連」中央に問う 金正恩「新統一路線・方針」とは?
朝鮮総連中央の許宗萬議長は、さる5月の第24回全体大会で、「総連は敬愛する金正恩元帥様が提示された新しい統一路線と方針を高く戴き、南朝鮮人民の義に満ちた闘争を積極支持・声援し、民族談合事業を絶えず展開、わが民族同士の旗印のもとに北、南、海外の連帯・連合運動を盛り上げるのに積極的に貢献した」と自賛、「『民団』中央が民族的和解と平和繁栄の新時代が開かれた今日の要求に沿って、板門店宣言にのっとり同胞社会の団結と祖国統一のためにともに立ち上がる」よう訴えた。
しかし、今日に至るも総連中央は、①「金正恩の新しい統一路線と方針」とは具体的に何を指し、どのようなものなのか②北韓は「韓半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」(4月27日)以降、「わが民族=金日成民族」主張を撤回したのか③のみならず、「連邦制統一論」と表裏一体をなす「南半部解放・金日成王朝下統一論」を放棄したのかどうか――など、南北間の平和構築と交流・協力拡大を通じての民主的統一の推進に強い関心を持つ在日同胞が抱いている疑問に対して、答えようとしていない。(文中、一部敬称略)
「金日成民族」主張は撤回したのか?
「わが民族同士」とは、2000年の金大中・金正日「6・15南北共同宣言」(第1項「南と北は国の統一問題を、その主人であるわが民族同士で互いに力を合わせ、自主的に解決していくことにした」)の文言に入って以来、北韓当局および韓国内の従北・親北組織、そして総連中央によって、「南北の融和・統一」を主張するとき最大のキーワードとして機会あるごとに強調されてきたもの。北韓の対外宣伝用ウエブサイトの名称も「わが民族同士」である。
ところで北韓は、1994年7月の金日成主席死亡以後、「わが民族」は「金日成民族」だと宣言している(94年10月、金正日国防委員会委員長「金日成死亡100日談話」)。「6・15宣言」発表後も、「金日成民族」主張を取り下げるどころか、繰り返し強調。「金正日死亡(11年12月)後」もやめなかった。
そもそも「金日成民族」主張は、独裁体制下で半世紀以上にわたり歴史の歪曲・ねつ造と金日成一族神格化の続く北韓地域内では通用しても、民主主義体制下の韓国内では主権者である国民が認めるところではない。 それにもかかわらず、独裁権力を世襲した金正恩は、12年4月15日の金日成生誕100周年慶祝閲兵式での祝賀演説で「金日成民族の百年史は波乱が多い受難の歴史に永遠の終止符を打ち、わが祖国と人民の尊厳を民族史上最高の境地に高めた」と宣言した。
さらに金正恩は、総連中央・許宗萬議長への「13年新年祝電」で「私は総連が金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新たな高揚期を開いていくための闘争で誇らしい偉勲を立てていくことを固く信じる」と教示。許議長は、新年辞で金正恩への忠誠を改めて誓っている。
そして許議長は、13年2月16日の金正日生誕71周年慶祝在日本朝鮮人中央大会での報告では「全員が偉大な金正日大元帥様の崇高な遺訓と敬愛する金正恩元帥様の綱領的お言葉を高く仰ぎ、金日成民族、金正日朝鮮の尊厳と気性、一心団結の威力で在日朝鮮人運動の新しい高揚期を開いていこう」と呼びかけている。
北韓は同年4月1日の最高人民会議第12期第7回会議で憲法の一部内容を修正・補充し、序文に「金日成主席と金正日総書記が生前の姿で安置されている錦繍山太陽宮殿は首領永生の大記念碑であり、全朝鮮民族の尊厳の象徴であり永遠なる聖地である」との内容を新たに加えた。
許議長は、今年5月の総連第24回全体大会での報告でも金正恩を「金日成・金正日」とともに「民族の偉大な太陽」だと強調。閉会辞では「金正恩様を全同胞(民族)の希望の中心」として「天地の果てまで戴き仕え」「敬愛する元帥様だけを信じて従う」ことを「内外に誇示した大会」だったと力説してやまない。
だが、わが民族にとって「金日成」はどんな存在だったか。スターリンと毛沢東の支持・支援のもとに同族相食む「6・25」韓国戦争(1950年6月~53年7月)を引き起こし、数百万同胞の犠牲者を出したうえに、南北分断を固定化させ、1000万離散家族を生み出した張本人だ。しかも、戦争責任を韓国・米国側に転嫁するとともに、3年間の「祖国解放戦争」に「勝利」したと歴史を歪曲・ねつ造・美化し、個人独裁と権力世襲・王朝体制づくりに力を注いだことで知られている。
北韓は、今でも「6・25」は韓国を「占領」している米国が韓国軍を使い、引き起こしたと偽り、「北侵説」を繰り返し喧伝している。総連中央も同様な謀略キャンペーンを続けている。たとえば、さる8月6日付「朝鮮新報」は「長い間北侵の機会を狙っていた米国は、1950年6月25日明け方、李承晩を指図して38度線全地域にわたり武力侵攻を開始させた。6月26日、主席様は、共和国を死守し祖国の南半部を米国の植民地統治から解放して、共和国の旗印の下に祖国統一偉業を内外に完遂するための闘争課業を提示した」と喧伝。総連中央が最重要事業として力を注いでいる朝鮮学校の歴史教科書「現代朝鮮歴史1」(高校1年用)も、同様な歴史歪曲と金日成神格化のオンパレードだ。
「金日成民族」などと呼ぶことは、在日同胞を含むわが民族・同胞に対する重大な冒涜・侮辱以外のなにものでもない。北韓独裁に、本当に南北融和・協力を通じての統一問題の平和解決の意思があるならば、「金日成民族」主張を、少なくとも「6・15宣言」発表後にはやめねばならなかった。だが、「金日成民族」主張に加えて「金日成・金正日・金正恩=民族の太陽」「金日成・金正日・金正恩=民族の最高尊厳」などと、さらにエスカレートさせている。
総連中央は、こうした主張を全面的に支持、全在日同胞に対して、呼応するよう求めている。「朝鮮新報」を読む限り、「板門店宣言」以後、北韓側が「金日成民族」主張を撤回したという記事なり解説はない。
「朝鮮労働党規約序文」との関係は?
総連中央の南昇祐副議長は昨年6月15日付談話(「自主統一の転換的局面を開くための挙族的闘争に力強く前進する」)で、「今こそ、北、南、海外の全民族が敬愛する元帥様の祖国統一路線と方針を高く奉じて、6・15共同宣言を実践し自主統一の大通路を必ず開かなければならない時だ」と強調。「(金正恩の提示した祖国の平和と統一、北南関係発展のための)全民族大会の平壌開催は、いま、北と南、海外の民心の激しい流れとなっている」とし、その支持・実現のための「民団同胞を含む各界各層を網羅した全同胞的運動」の展開を呼びかけていた。
北側が主張している公式の「祖国統一」方案とは、1980年10月10日の朝鮮労働党第6回大会で金日成が提示した「高麗民主連邦共和国」創立方案だ。「連邦制」を過度的な段階とみなすのではなく、異質な南北の2体制(南=民主主義体制、北=金日成王朝体制)並存の公式承認および南北交流・協力拡大をもって「統一の最終段階・完了」とする。したがって「統一憲法」と「統一総選挙」の項目がない。韓国側との正式合意によって金日成王朝体制の存続を正当化しようとするものだ。
総連中央は、この「連邦制統一方案」を「6・15宣言において北と南が合意した統一方式」で「平和統一実現の唯一の方途」だと強弁し喧伝している。
だが、「6・15宣言」(第2項)は「南と北は、国の統一のための南側の連合制案と、北側の低い段階の連邦制案が、互いに共通性があると認定し、今後、この方向で統一を目指していくことにした」というもの。このため、南側の「連合制」と北側の「連邦制」のどこに共通点があるのか、当時から疑問・批判の声があり、今も続いている。「6・15宣言」には、最も肝心な統一の中身、どのような統一国家をめざすのかについての言及はもとより、示唆すらない。
そもそも「連合制」と「連邦制」は、似て非なるものだ。韓国では盧泰愚政府(88年~93年)以来、統一のプロセスとして南北連合構想が公論として維持されている。南北両政府がそれぞれ軍事権と外交権を持ち、ゆるやかな「連合」体制の下で交流協力を進め、南北社会の等質化をめざし、最終的には民主的な南北統一選挙による統一国家の形成を目指している。
これに対して北韓が主張している「連邦制」は、平和・民主・自主の原則に基づく単一・先進国家の形成を回避して独裁世襲体制の維持を図る一方で、韓国内の「進歩」を自称する従北・親北勢力の拡大と取り込みに継続注力し、最終的には金日成王朝体制による韓国吸収統一めざすものだ。
憲法よりも上位にある「朝鮮労働党規約」は、その「序文」で「当面の目的は共和国北半部で社会主義強盛大国を建設し、全国的な範囲で民族解放、民主主義革命を遂行するところにあり、最終的には全社会を主体思想(金日成・金正日主義)化するところにある」と明記。「南朝鮮で米帝の侵略武力を追い出し、あらゆる外部勢力の支配と干渉を終わらせ、(略)わが民族同士で力を合わせ、自主、平和統一、民族大団結の原則で祖国を統一し、国と民族の統一的発展を成し遂げるために闘争する」とうたっている。
したがって総連中央は、「連邦制=南北合意統一方案」であるかのように喧伝する一方で、韓国を「米軍占領地域・植民地」とし、「米帝侵略軍を南朝鮮から追い出し民族最大の宿願である祖国統一を達成する聖戦への決起」を促すなど、一見、「連邦制」主張とは相容れない金正恩主導による「南朝鮮解放統一」への支持を明確にしてきた。
13年3月22日の裵益柱副議長談話(「全体在日同胞は正義の統一愛国聖戦に果敢に力強く立ち上がるだろう」)で、「今こそ全同胞が米国と親米傀儡(かいらい)逆賊たちの侵略戦争策動を断固反対・排撃して米帝侵略軍を南朝鮮から追い出し、民族最大の宿願である祖国統一を達成する聖戦に決然と立ち上がる時だ」と「南朝鮮解放統一への決起」を促したことは、まだ記憶に新しい。
総連は、北韓を「南北すべての人民の総意によって建設された唯一正当な主権国家、唯一の祖国」と定め、「すべての同胞を朝鮮民主主義人民共和国のまわりに総集結させる」ことをうたっており(04年改正綱領)、金日成王朝体制の擁護を絶対的な使命としている。
北韓は、12年4月11日の党規約序文改正で「朝鮮労働党は金日成・金正日主義を唯一の指導理念とする金日成・金正日党である」と強調、その上、「金正恩同志は労働党と人民の偉大な指導者である」と3代世襲を明文化した。その2日後に修正した憲法の序文では、金正日を「民族の尊厳と国力を最上の境地に押し上げた不世出の愛国者」と絶賛し、「核保有国に変えた」ことをその業績として明記。さらに「偉大な首領金日成同志と偉大な領導者金正日同志は民族の太陽であられ祖国統一の救星であられる」とした。
翌13年には労働党規約や憲法の上に君臨する金日成絶対化の「絶対戒律」(最高の規範)である「党の唯一思想体系確立の10大原則」(74年)を金正恩時代に合わせて改訂し、「党の唯一領導体系確立の10大原則」として発表。金正恩への無条件・絶対忠誠および3代世襲を正当化した。金正恩は16年5月の第7回党大会では「党の政策以外、いかなる思想も入り込ませない」とあらためて強調している。
このように北韓は「金日成民族」・「金正日朝鮮」の旗印の下に、「金日成王朝による南朝鮮解放統一」路線には、いささかの変更もないことを示してきた。
こうしたなかで、さる4月の南北首脳会談で文在寅大統領と金正恩国務委員会委員長は「長い分断と対決を一日も早く終息させ、民族の和解と平和繁栄の新たな時代を果敢に作り出しながら、南北関係をより積極的に改善し発展」させ、「自主統一の未来を早めていく」との確固とした意志をこめて「板門店宣言」を発表した。
だが、同宣言には「金日成民族」主張撤回や「南朝鮮解放統一」路線の放棄についての言及はもとより示唆もない。両首脳間で意見交換が行われたかどうかも不明である。
「板門店宣言」後に開かれた5月の総連第24回全体大会で許議長が言及した「金正恩の新しい統一路線と方針」とは、何を指しており、どのようなものなのか。「これまでの統一路線・方針とどこが異なり新しいのか」「『金日成民族』主張の撤回。さらに『南朝鮮解放統一』を掲げた『朝鮮労働党規約序文』の改定・項目削除を含むものなのか」。総連の地方本部および支部常勤者らと会う機会があり、質問したが、はっきりとした返答は得られなかった。
「金日成王朝による南朝鮮解放統一」を支持し「金正恩への絶対忠誠」を誓い、「わが民族=金日成民族」とする総連中央の前近代的かつ反民主的な「民族・統一論」は、在日同胞社会の統合雰囲気醸成に大きな障害となっている。「同胞社会の団結と祖国統一」のために「民団中央」にともに立ち上がるよう呼びかけた総連中央は、この機会に民団団員をはじめとする在日同胞のかねてからの疑問や質問に対して、速やかかつ真摯に答えるべきである。
朴容正(元民団新聞編集委員)