消滅寸前だった韓国の伝統紙「陰陽紙」(ウミャンジ)の再興に尽力した紙作家で和紙専門店「紙舗 直」(東京・文京区)の代表でもある坂本直昭さんの作品が、12月にギャラリーハン=山梨県南巨摩郡=で開催される紙展「陰陽紙の中」で展示される。陰陽紙とは楮(こうぞ)を原料にした2枚漉(すき)合わせの紙で、こしが強く、独特の風合いを持つ。韓国では主に「族譜」を作るときに使われてきた。「韓国の紙は、日本の紙の兄のような存在」だと話す坂本さんが寄稿した。
懐深く平穏を誘う
韓国で伝承者 やっと見つけ
「なぜ和紙の仕事を」と、尋ねられる時、「紙は平和ですから」と答えています。
40年近くも前になりますか、私が10代の頃、日本は高度経済成長期の真っ只中でした。私は戦後生まれですから、「戦争を知らない子どもたち」の世代です。
私には父違いの姉が一人います。姉の父は、姉の顔も見ずに出征し、1年もたたずに戦死。私の父は、フィリピンのセブ島の捕虜収容所から生還してから、戦争の話はまったくしませんでした。
父は56歳で亡くなりましたが、私はその時27歳、和紙を扱う私一人だけの会社を始めました。その頃の日本は、すべてがどんどん米国化へ傾いていました。私は、そんな社会に同調する気にはなれませんでした。むしろその逆、見捨てられてゆくものに目を向けていこうと思いました。
1983年、京都で「国際紙会議」という催しがあり、韓紙研究家、金永淵さんの知遇を得ました。84年、金さんの案内で韓国の紙漉き場を何カ所か訪ねることができました。
その時の韓紙の最大の販売先は日本で、殆どの紙漉き場で和紙に似せた韓紙を日本式の漉き方で漉いていました。当時の日本は、高度成長で労働力の都市集中化が進み、安価な和紙の生産が難しくなっていたからです。しかし何カ所かは、韓式の漉き方をしていて金さんはそんな漉き場を選んで回ってくれました。
翌年、「韓紙」展を私の店ですることになるのですが、直前、金さんが急死されてしまいました。その後、韓国との交流は10年ほど絶えていました。その間、韓紙への思いは断ち難く、再訪の機会を窺っていました。その意を決したのは対馬を旅していた時でした。「来年は韓国へ行こう」と、なぜか思いました。
韓国の紙漉き場の状況は、10年前と激変していました。韓式の漉き場どころか、手漉きの場さえ見つからないのです。仁寺洞の紙屋さんに、陰陽紙のことを聞いても「分からない」、その名前すら「知らない」と言われてびっくりしました。
四国泉貨紙のルーツと確信
陰陽紙に出会うことをあきらめかけていた時、帰国の前日でしたが、加平(京畿道)にある張紙房のことを耳にして夕暮れの中、駆けつけました。張容熏氏は、私の手を握り、「陰陽紙を漉きましょう」と。その夜の酒の肴は、張先生の手の感触でした。
この陰陽紙の漉き方をよく見ていると、ある和紙に通じるものがあることに気づきました。それは南四国に産する泉貨紙です。泉貨紙は、今から400年余り前に兵頭泉貨という人が、現在の野村町で漉き始めたと言われています。この人は豊臣秀吉に対抗していた側にいた人で、武将から僧侶になっています。その僧侶の時に紙漉きをしたようです。
私は、和紙のなかでも特異な製法のこの泉貨紙の源は、陰陽紙にあるのではという思いを持つようになりました。
99年、野村町で「陰陽紙と泉貨紙」展を開き、張先生、子息の張 雨氏夫妻を招聘し、泉貨紙を漉く3カ所の漉き人たちと漉き舟を並べて実演し合いました。4つの漉き舟が並び、水音をたてている様は、長い航海を経た一つの技が、蘇り、互いに語り合っているように思いました。
その後、張先生の奥様に是非、日本に来ていただきたいと思い、私の工房のある長岡市小国町で陰陽紙の展覧会を企画し、長岡市の招聘で実現できました。奥様が、陰陽紙を裏で支えている大切な人と思うからです。
ふれて分かる「平和」の感触
陰陽紙は奥の深い紙と思います。世界を見回しても陰陽紙ほどの懐の深さをもつ紙はないと思います。懐の深さ、それは手にしなければ分かりません。それは、「平和」ということとも似ているように思います。
最後に、在日2世で、ギャラリーオーナーの関勇、貞子夫妻との出会い。今年、亡くなられた、お2人の義兄である李進熙氏(和光大学名誉教授)の朝鮮通信使に関する考察へ思いを馳せる時、何か見えない縁を感じております。
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紙展「陰陽紙の中」は12月1日〜15日。時間11〜17時(会期中無休)。ギャラリーハン(山梨県南巨摩郡富士川町平林2397)。問い合わせは同ギャラリー(℡0556・22・6759)。
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プロフィール 坂本直昭
1948年茨城県生まれ。72年早稲田大学社会科学部卒業。84年、十川泉貨紙(高知県旧十和村)の復活に助成、同年、紙の店「紙舗 直」を東京文京区に開く。以後、日本、世界各地で紙展開催。韓国では、99年江原道「寧越本の博物館」で「陰陽紙と泉貨紙」展、00年全羅南道霊岩、05年ソウル仁寺洞のサムジキルで紙展。著書に『紙の大陸』(00年刊)。
(2012.11.21 民団新聞)