掲載日 : [2016-01-27] 照会数 : 7288
嫌韓意識に一石…日本人教師が小説『智異山』邦訳
[ 著書を手にする松田暢裕さん ]
【奈良】奈良県の小学校教員、松田暢裕さん(45)が、韓国社会でいまも古典として読み継がれている歴史大河小説『智異山』(李炳注著、全7巻)を、約7年半かけて邦訳した。松田さんは翻訳にあたって、「韓国と日本で暮らすさまざまな立場の人々が相互理解を深めていくうえでの一助になれればいい」と話している。韓国文学翻訳院の助成を受けて昨年夏、ようやく自費出版にこぎつけた。
7年半がかり「差別への怒り胸に」
小説は1930年代から1950年代半ばごろの韓半島と日本が舞台。自ら信念を貫いて生きようとした韓国の若者たちの青春と挫折が、史実をもとにていねいに描かれている。
韓国ではそれまで語ることさえタブーとされてきた智異山パルチザンを主題とした初めての小説として受け止められているとされるが、松田さんの視点は少し違った。
たとえば、物語の前半部。主人公が中学生の場面では、植民地時代の中学校で日本人の教師がどのように朝鮮人の学生と接していたのかを知ることができた。朝鮮語の授業廃止や創氏改名などで悩む学生たちの様子も、当時を生きた作者の目線で描かれていることに着目した。
主人公たちが京都に留学する場面では、差別事件にまじって朝鮮人学生と日本人学生の恋愛や、民主主義の世の中をめざす朝鮮人と日本人の友情も松田さんの胸を打った。「日本に暮らす私たちが韓国の歴史を知るうえで大いに役立つ」と確信したという。
松田さんは93年春、韓国語と韓国の歴史を学ぶため延世大学韓国語学堂に留学した。その際に知り合った韓国人学生の愛読書が『智異山』だった。2年後、その学生の結婚式に招かれて訪韓すると、「日本で紹介してほしい」と全7巻を託された。
1日1㌻を自らのノルマと課し、コツコツ取り組んだ。1日で10㌻こなすときもあれば、1㌻を訳すのに10日かかったことも。苦労したのは、ハングルで書かれた人名や地名の漢字を読み解くこと。慶尚道の方言にも悩まされた。
しかし、松田さんは、「友人との約束はもとより、差別への怒りがモチベーションを保った」と振り返っている。
松田さんは奈良教育大学3回生のとき、第2次大戦中に自らの意思に反して朝鮮から連れてこられ、天理市の旧柳本飛行場(大和海軍航空隊大和基地)で強制労働に従事した被害者から証言を聞く機会があった。その内容は衝撃的だった。
松田さんは思わずフロアから手を挙げて次のように発言した。「自分は将来、教員になりたいと思っている。もし、なれたら、今日のことを子どもたちに伝えていきたい」と。
「日本語を話せるけれど使いたくない」という当事者を前に、「ほんとうならば韓国語で言いたかった」という。このことが韓国語を学ぶきっかけとなった。96年から県内の小学校に勤務するが、6年生で歴史を教えるとき、「柳本のことは必ず教えている」。
翻訳本は上下2巻組(各4500円税別)。昨年夏、大阪市の東方出版から刊行された。題字は松田さんが「人生の師」と仰ぐ新井英一さん。松田さんは「植民地時代に日本は朝鮮にどんなことをしたのか。嫌韓ムードがはびこる日本で、自分はどのように生きればいいかをこの本は教えてくれる」と話している。
(2016.1.27 民団新聞)