掲載日 : [2005-03-02] 照会数 : 3925
アトリエ・クルム代表の荒川道さん 在日の感性に育まれ(05.3.2)
[ 荒川道さん制作のサムルノリ衣装(左)と結婚式で着た夫婦の衣装 ]
[ 最初のころの型紙やデザインの仕方をまとめたノート ]
舞台・結婚衣裳も実用性に人気…全国から注文
サムルノリ衣装や韓服の知識を独学で学び、オーダーメイドを手がける日本人女性の荒川道さん(33・広島市中区)。2年前に「アトリエ・クルム」を構え、今ではプロの演奏家からも注文がくるなど、機能性と利便性を追求した衣装が評判を呼んでいる。
韓服を独学で
荒川道さんの制作するサムルノリ衣装や韓服には、女性ならではの感性を生かした細工が施されている。
サムルノリ衣装では、パジの腰紐をゴムに付け替えることでトイレの不便さを解消。また、演奏中に紐が解けないようにと、裾紐をボタン式にした。また、韓服にはハンカチやティッシュを入れるポケットを取り付けるなど、実用性と機能性を兼ね備えている。
実はこのアイデア、荒川さんがこれまでに出会った在日のオモニたちの協力によって生まれたものだ。
大阪市で生まれ、父親の仕事の関係で小学校高学年まで海外で暮らした。帰国後、在日多住地域の大阪・生野区で暮らす。「在日文化の色濃い生野区のこの街が、普通の日本社会だと本当に思っていた」。
そんな荒川さんが高校のときに引っ越した広島は、異文化に見えた。しっくりこない環境の中で、選択したクラブ活動は「朝文研」。
ここで民団広島県本部・青年会のメンバーからサムルノリの指導を受け、生野で出会った在日韓国人の息吹に久しぶりに触れ、韓国文化に夢中になっていった。
1999年に大阪の青年会生野支部のプンムルサークルへ参加、以降04年まで演奏活動を続けた。韓服を制作するようになったのは、演奏活動が盛んになったのがきっかけだ。衣装は韓国に注文できるが、時間がかかる、仕上がりがよくないなどの評判を聞いた。
「サムルノリをしたい、衣装はどうする」と考えた末、洋裁経験のない荒川さんが作ろうと思いたった。大阪市内の生地売り場で、端切れを探した。韓国で購入した友人の衣装を借りて、寸法を測って型紙を作った。「サムルノリの衣装は直線立ちなので、何とか着られる格好にできあがった」。なんといっても3000円前後と格安だった。
荒川さんはこの頃から、衣装に関する研究を開始。韓国や日本の書店で専門書や歴史書を求め、古着屋に出向いては、子どもから大人までの民族衣装を買いあさったりもした。同時に型紙の作り方、裁断、縫製などの勉強もした。
「独学で作り続けたのは韓服の魅力と、いったんやり出したら最後までやろうという執念だった」。はじめは趣味範囲で友人、知人の衣装を作っていたが、やがて注文が増えていった。奈良県の同胞保護者会のオモニたちや子どもの衣装も手がけた。
最初、オモニたちのさまざまな注文に対して、古典芸能の衣装を作りたいという荒川さんは抵抗感があった。「でも利便性を重視して取り組んでみると意外や意外、これがまた人気商品になった。多数の人の意見やアイデアが、私の韓服技術を成長させてくれた」。
荒川さんの韓服は着やすいと好評だ。在日同胞をはじめ市民団体など、全国から注文が相次いでいる。プロの演奏家からの注文も多い。
「プロの着る衣装は、見た目といかに綺麗に着こなしができるかです。袖の長さは0・5㌢でも修正した。技術にセンスが問われた」。
サムルノリの衣装1着で2、3日。20、30着注文する団体となると2、3カ月はかかるため、アトリエの3台のミシンはフル稼働となる。
これまでに結婚式に着る衣装も多数作った。荒川さん自身も夫婦の結婚衣装を制作した。ちなみに夫君は、「朝文研」時代にサムルノリを教えてくれた金識裕さんだ。
今、友人や知人から葬儀で、亡くなった人に着せる葬服を作ってほしいと切望されている。「今後の研究課題として迫られている」と語る荒川さんの奮闘は、しばらく続きそうだ。
荒川道さんの問い合わせ先は、(℡・FAX082・295・6763)まで。
(2005.3.2 民団新聞)