掲載日 : [2005-12-14] 照会数 : 5866
読書…Books
[ 「うつ病」を見つめて ]
[ (右)鳳仙花咲いた、
(左)悲しい下駄 ]
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「うつ病」を見つめて 死の淵から再生への闘病記
姜明姫著 文芸社 1400円+税 ℡03(5369)2299
ある日突然、意欲あふれる女医をうつ病という病魔が襲う。きっかけは手術で患者を死に至らせたことだった。手術に失敗した訳ではないが、1世の期待を一身に受けとめ、絵に描いたようなエリートコースを歩んできた在日2世医師の著者にとって、その挫折は消しても消えない大きな傷を負わせてしまった。
その重荷からの解放は、自ら命を絶つことへとエスカレートしていった。気がつくと死ぬことばかり考えている。そして、用意周到に実行に移した。
幸い、一命はとりとめたものの、本来の自分ではないもう一人の自分が死の魔力にとりつかれてしまい、事態はさらに悪化していく。典型的なうつ病の症状だ。
本書は2度の自殺未遂で泥沼状態に陥った著者が、ようやく自身と対峙し、周囲の懸命の支えを得ながら、生きる力を再び取り戻していく過程をつづった記録である。
ストレスの多い現代社会を反映して、うつ病は増加の一途をたどっているという。人の命を救う医師ですら、抗いきれなくなるほど死の淵に立たされる怖い病気の正体を知り、今その病にある人には生きる力を感じとってほしい、との渾身の思いが行間から伝わってくる。
壮絶で非常に重い内容だが、生と死について深く考えさせられた。
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鳳仙花咲いた 「在日を生きる」思いに共感
趙栄順著 新幹社 1600円+税 ℡03(5689)4070
在日を生きる2世女性のエッセイ集。韓流がこの国を覆っても、相変らず在日については無関心、無理解という現実に対して、「もっと在日への理解を」との思いで出版に踏み切った。
何度訪ねても祖国との繋がりのあやふやさを実感する2世の心情を、「妄執と笑われても仕方のないような、故郷への子どもじみた執着が私にはあるような気がする」「母の愛情に恵まれずに育った子が、長じても、まだ見ぬ母を美化し神聖化するように」と表す。だから「帰化」しない。同感である。
外国人登録をさせられる3世の娘の背中に天使の羽ではなく、在日という重い帽子をかぶせなくてはならないとの思い。娘にふりかかるであろう苦悩や挫折を予期し、出産後のベッドで泣いたというのも、子どもをもつ在日の親なら共感できるだろう。
亡き父と義父の追想は、亡国の民となり、人生を翻弄させられた1世を思う2世ならではの感性に包まれている。チェサ(祭祀)をはじめ、縛りやしがらみが多い在日をがむしゃらに生きてきたのは、「ケンチャナヨ」のDNAが江戸っ子の自分にもしっかり遺伝しているからだと達観する。すらすらと読み始めながら、何度も胸がつまった。「よくぞ在日を生きてきた。お互い頑張ろう」という思いに満たされたからである。
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悲しい下駄 戦争の犠牲いつも子供たち
権正生著、卞記子訳 岩崎書店 1500円+税 ℡03(3812)9131
日本が仕掛けた無謀な戦争が、敗色濃厚となった1944年、東京・渋谷の路地裏。小学3年生のチュニの目を通して、当時の庶民生活がよみがえる。
長屋に暮らす在日と日本の子どもたちは、米軍の爆撃の恐怖にさらされながらも、けなげに生きていた。時には「チョーセン野郎」と小突かれ、けんかになるが、すぐに何もなかったように関係が戻る。天真爛漫な時代だった。
ある日、仲がよかった女の子が死んだ。「貧乏と戦争が殺したんだ」。辛い時代を冷静に見極めるチュニの確かな眼が光る。
日本が負ければ祖国が解放され国に戻れる。ひそかに日本の敗戦を祈るチュニのオモニ。その思いもむなしくチュニの兄は戦争に引っ張られていく。とたんに、それまで朝鮮嫌いだった日本のおばさんが、日本のために戦に出て行く朝鮮青年をほめちぎる豹変ぶり。「日本のためではない、自分のために戦ってくる」と言っていた兄は、町内総出の見送りにちぎれんばかりに日の丸を振る。なんという皮肉。
大人が引き起こした戦争の犠牲になるのは、いつの時代も何も知らない子どもたちだ。この本が韓日両国の小・中学校の児童・生徒らに読みつがれ、戦争の悲惨さ、愚かさを小さい時から理解できれば、両国の友好関係はずっと深くなると確信した。
(2005.12.14 民団新聞)