掲載日 : [2006-08-15] 照会数 : 6400
在日文学 多彩で豊富な鉱脈
日本文学にない重い主題で 人間の解放を追求
芥川賞に4人
〈在日〉文学は解放後=戦後60年余にわたって日本語文学圏で重要な位置を占め、日本の文学界に大きな影響を与えてきた。李恢成、李良枝、柳美里、玄月が芥川賞を受賞し、立原正秋、つかこうへい、金城一紀が直木賞を受賞。金鶴泳は数回にわたって芥川賞の候補になった。梁石日は山本周五郎賞を受賞。在日朝鮮人文学の種を植えた金達寿は文学賞などはるかに超えた衝撃を日本文学界に与えた。大長編『火山島』で大仏次郎賞と毎日芸術賞を受賞した金石範、『「在日」のはざまで』によって毎日出版文化賞を得た金時鐘の存在が聳(そび)えている。
全集で復刊も
しかし、メジャーな存在のみによって〈在日〉文学を語りつくせるものではない。全集には54人の作家・詩人・歌人の作品約600編が収録されている。実に多彩で豊富な鉱脈が〈在日〉文学を形成している。ところが残念ながら、多くの人と作品は十分に読者を得て正当に評価されることなくきた。絶版などの理由で手に入れることが困難であった作品に日が当てられたことの意味は大きい。全集は解放後=戦後60年の節目を期して企画された。編者として言えば、文学をめぐる〈戦後責任〉の一つをささやかながらクリアーした、との思いがある。
〈在日〉文学は、日帝時代に青春を経験した第一世代の先達たちによって始まった。当然ながら、植民地体験と解放後の祖国・民族の命運に深くかかわった。第二世代は定住化のなかで民族主体をいかに獲得して生きるか、その葛藤を描いてきた。第三世代は〈在日〉と自我のはざまで作品をつむいでいる。おおざっぱだが、〈在日〉文学の変遷はそのように言えるだろう。全集はその変遷を語っている。文学に限らず、〈在日〉社会の変遷をも一望させてくれるはずだ。六十年を振り返るためだけにではなく、これからの〈在日〉文学とその母胎である〈在日〉社会を展望するために。
個々の作家や詩歌人によって生み出される作品を〈在日〉文学という枠に嵌(は)めることはできない、という意見がある。しかし、個性にのみ還元できないのが〈在日〉文学である。作者がそれぞれの主題と方法を持って作品を生むのは当然だ。しかし、民族的ルーツと〈在日〉という条件が土壌にあってこそ生まれるのが、〈在日〉文学の独自性だろう。
世界へ普遍へ
日本語は近代国民国家の形成過程で植民地に対して、さらにアジア全域に向けて侵略の言語、帝国言語として機能した。〈在日〉文学は侵略言語=帝国言語に対して従順ではない日本語文体を駆使して、日本文学にはない重い主題を描きつづけてきた。人間の解放を追求してきた。90年代以降、新しい文学世代の登場によって様変わりしているとはいえ、独自の文学世界を維持している。ともすれば日本文学のなかに埋没しがちだった個々の作品が集成されることによって、〈在日〉文学の特質と全体像を光のなかに現わした。これを折り返し点として、〈在日〉文学は世界へ、普遍へ向かうだろう。
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磯貝 治良
いそがい・じろう 作家、文芸評論家。29年にわたり「在日朝鮮人作家を読む会」を主宰。主な著書として『始源の光 在日朝鮮人文学論』『戦後日本文学のなかの朝鮮韓国』など。