掲載日 : [2006-08-15] 照会数 : 8245
54作家、600編収録した「〈在日〉文学全集」
小説から詩歌まで在日コリアン作家54人の600編を超す作品を18巻に収録した「〈在日〉文学全集」が最近、勉誠出版から刊行され注目を集めている。現在の第3世代まで自らの“根っこ”を模索しながら日本文学の中で特異な光を放っている。各巻の概略を紹介する。
①金達寿 草分け的な存在感示す
1919〜97年。在日コリアン文学の嚆矢(こうし)の1人で、ぼう大な作品を書いた。4編を収録。短編「富士のみえる村で」は、被差別出身者の家を訪ねたときに感じた民族的偏見、抑圧される者同士の共有意識を裏切られた憤りを描いた。代表作「玄海灘」は、植民地下のソウルを舞台に、「いかに生きるべきか」と苦悩する姿を浮き彫りにしている。
芥川賞の候補になった「朴達の裁判」は重々しい題材にかかわらず、語りの妙味でユーモアに満ち、「公僕異聞」は高麗郷を開いた渡来人の子孫が主人公で、以後、「日本のなかの朝鮮文化」に重点を移していく。
②許南麒 ぼうだいな長編叙事詩
1918〜88年。中野重治が激賞し脚光を浴びた「朝鮮冬物語」をはじめ「火縄銃のうた」「叙情詩集」「おくりもの」「朝鮮海峡」「許南麒詩集」「巨済島」の6編の叙情・叙事詩を収録している。
叙情といっても、植民地下で永く抑圧され、しいたげられてきた同胞とその風物を歌ったものは〞闘う叙情〟で、読む者の心をとらえる。
代表作である長編叙事詩「火縄銃のうた」は、日本の近代詩ではほとんど目にしたことのないまったく異質の壮大な民族的物語を英雄的に描いた。
「巨済島」にいたっては、気が遠くなるほどの稀有の長編である。
③金石範 「4・3事件」をテーマに
1925年〜。実質的なデビュー作ともいえる「鵜の死」は済州島4・3事件をテーマにした作品で、その後の代表作となった大長編「火山島」の母体となる。
済州島住民の苦難と、素朴で美しい自然を対比した「万徳幽霊奇譚」、愛国者と組織との衝突を描いた「往生異聞」、そして「海の底から、地の底から」「驟雨」の計5編を収録。
「北であれ、南であれ、また日本であれ、どうして国家は信じるに足るものか」と問いながら、「どんな生き方が可能か…さしあたって文学しかない。だから書き続けるしかない」。限りないエネルギーの源泉だ。
④李恢成 どう生きるべきか問う
1935年〜。4編を収録。日本各地を転々としながらサハリンへ流れていった両親を描いた「砧をうつ女」で芥川賞を受賞した。「またふたたびの道」は、父と再婚して家にきた義母の話。結婚は当事者の合意のみで保証されるが、父母を誰にするかは一族の命運にかかわる問題だった。
映画化された「伽 子のために」は、同胞と日本人の恋愛を軸に、アイデンティティーを模索する若者を描き、「死者と生者の市(いち)」は偏狭なナショナリズムからの脱皮を願う主人公が、人間とは多重性をおびた存在であり、どんな生き方をするかの選択こそが問題ではないかと問う。
⑤金時鐘 抒情に「批判精神」込め
1929年〜。第一詩集の「地平線」をはじめ「季期陰象」「日本風土記」「化石の夏」「『在日』のはざまで」「草むらの時」「わが生と詩」の7編を収録。
「朝鮮人でありながら日本語で詩を考え、詩を書く異様さ」と語る作者の原点は、小学校2年生のときに「朝鮮語」を奪われたこと。その〞居心地の悪さ〟ゆえに、日本人の書く詩とは異質の、ごつごつした魂の奥底から発する詩となりえている。
「叙情は批評だ」という持論を前提に、日本の詩はむしろ「醜を抱えきれない純一性こそ、ファシズムではないか」と強烈に指摘した。
⑥金鶴泳 模索し続けた自己解放
1938〜85年。「凍える口」や「遊離層」「あるこーるらんぷ」「錯迷」「石の道」「弾性限界」「鑿」(のみ) 「土の悲しみ」の8編を収録。
文芸賞を受賞したデビュー作「凍える口」では、作家を悩ませ続けた「吃(きつ)音」の原因となった問題に対して真っ正面から取り組んだ。
「締めつけられるような胸苦しさと寂寞」をもたらし、「吃音」の原因となったものは、自分が「在日」であるという事実にほかならないと自覚する。
他の作品でも、父親の暴力や社会的差別などをテーマにしながら、あくまでも自己解放にこだわり続けた。
⑦梁石日 濃密かつ凝縮した言葉
1936年〜。あらぶる父に支配された家族や私体験を描いた「運河」、差別や偏見にさらされてきた在日同胞の歴史を描いた「祭祀」「共同生活」、そして「迷走」「新宿にて」の5編は、第1創作集『タクシー狂躁曲』に収められた短編だ。ほかに「夜を賭けて」を収録している。
長編作家である梁石日が詩から出発したことは意外と知られていない。しかし、彼の文学的世界の爆発的拡張は、濃密で凝縮した詩の言葉なしにはありえない。
在日同胞の負の歴史をユーモラスな哄笑に満ちた世界として描き出した。その物語はまだ終わらない。
⑧李良枝 登場人物は自分の分身
1955〜92年。7編を収録。デビュー作「ナビ・タリョン」は、両親の離婚裁判、家出、韓国への留学、伽 琴との出会いなど私小説に近い展開となっている。
「かずきめ」「あにごぜ」「刻」は私的体験を織り込みながらも、韓国に留学した在日韓国人女性を主人公にフィクションとしての度合いを強めている。芥川賞受賞作で韓国留学を扱った「由熙」、未完稿200枚の遺稿「石の聲」を含め、いずれも登場人物は作者の分身たちにほかならない。
⑨金泰生・鄭承博 対照的な2作家の作品
金泰生(1924〜86年)の「童話」「少年」「骨片」「ある女の生涯」「旅人伝説」の5編と、鄭承博(1923〜01年)の「裸の捕虜」「松葉売り」「ゴミ捨て場」の3編を収録。
鄭承博の生涯は労働生活と逃亡の日々で、骨太で荒々しい労働者的リアリズム文学を表現した。「民族」に対する拘泥は遠い郷愁といった趣だった。
対照的に金泰生は結核という死の恐怖を抱えながら、高い政治意識を持っていた。育ての親であるおばさんが彼の文学の重要な位置を占めており、身近な人々を描くことで在日の歴史を凝視した。
⑩玄月・金蒼生 新たな可能性に挑んで
玄月(1965年〜)の「蔭の棲みか」「舞台役者の孤独」「悪い噂」「異物」、金蒼生(1951〜)の「赤い実」「三姉妹」「ピクニック」「歳月」の4編ずつを収録。
玄月は「在日性」が薄れるのを防ぎ、さらに際だたせるため、作品の中に「ニューカマー」を頻出させた。ペンネームも、境界線にさまよう存在として第3の道を生きようとする決意ではないだろうか。
金蒼生の作品は「在日の女性」という二重の抑圧をテーマにしながらも、「小さな声で語る個性」に徹している。「歳月」は4・3事件を題材に新たな文学の可能性を示すものだ。
⑪金史良・張赫宙・高史明 植民地下の人間に照射
金史良(1914〜50年)の「光の中に」「土城廊」「天馬」「草探し」、張赫宙(1905〜97年)の「餓鬼道」「岩本志願兵」、高史明(1932年〜)の「夜がときの歩みを暗くするとき」の計7編を収録。
張が1930年代に出発した作家とすれば、金は40年代前後、高は50年代以降である。
「岩本志願兵」は志願兵を決意しながら入隊前に高麗神社に参拝した「朝鮮人」を描いた。芥川賞候補になった「光の中に」などは、植民地下の民衆の窮乏や絶望を描いた。「夜がときの‐」は戦後の混乱期に生のあり方を探し求める1人の下部党員を描いた作品。
⑫李起昇・朴重鎬・元秀一 質的変化見せる新世代
李起昇(1952年〜)の作品3編、朴重鎬(1935年〜)1編、元秀一(1950年〜)5編の計9編を収録。
3世である李起昇の作品は群像新人賞受賞の「ゼロはん」と「風が走る」「優しさは、海」。アイデンティティーを求めながらも、日本で生きることを重大に考えず、2世との苦悩とは質的な違いを見せている。
朴重鎬の「回帰」は、人間の普遍的な課題として自分が何者なのか苦悩する姿を表した。
元秀一の作品は「運河」「ムルマジ」「帰郷」「李君の憂鬱」「蛇と蛙」で、大阪・猪飼野でたくましく生きるコリアンの生活などを描いている。
⑬金重明・金在南 「海」と「島」に舞台設定
金重明(1956年〜)の「皐の民」と金在南(1932年〜)の「鳳仙花のうた」を収録。いずれも韓半島南端に位置する多島海沿岸の「海」と「島」を舞台にしている。
「皐」(さつき)は水際の地を意味し、「皐の民」は多島海沿岸を拠点に漁業や交易にたずさわる海人・海民を指す。国家、国境、権力、制度など既存の価値や秩序、世界観の逆転は、海からとらえ直す視点によって可能になるという。
「鳳仙花のうた」は、多島海沿岸を舞台に強制連行によって引き裂かれた男女の悲哀の物語。島は孤立するものではなく、終着点でもないことを暗示している。
⑭深沢夏衣・金真須美・鷺沢萠 新風を起こした3女性
深沢夏衣(1943年〜)の「夜の子供」「パルチャ打鈴」、金真須美(1961年〜)の「メソッド」「燃える草家」「羅聖の空」、鷺沢萠(1968〜04年)の「ほんとうの夏」の女性3人の作品6編を収録。
「夜の子供」と「パルチャ打鈴」は帰化をテーマに、在日の二律背反的な立場を描いた。「メソッド」は、民族の呪縛者・父との話で、他の2編は米国社会での体験をもとに、女性ジェンダーの表象を在日問題とクロスさせている。芥川賞候補作「ほんとうの夏」は自分の国籍を伏せている青年の葛藤を描いた。軽快な筆致が在日文学に新風を吹き込んだ。
⑮作品集Ⅰ 8作家の13作品を収録
8作家の13編を収録。4・3事件と関連した金吉浩(1949年〜)の「生野アリラン」、400年前の壬辰・丁酉倭乱での虜囚を扱った姜魏堂(1901〜91年)の「生きている虜囚」、成允植(1930〜?)の「オモニの壷」と「朝鮮人部落」、そして金在南(1932年〜)の「暗やみの夕顔」は長崎の原爆をテーマにした。
このほか、金達寿の「番地のない部落」「孫令監」「肩書きのない男」、李恢成の「われら青春の途上にて」「死者の遺したもの」、金石範の「看守朴書房」「紵(からむし)茂る幼い墓」、金泰生の「紅い花」を収録している。
⑯作品集Ⅱ 内面の葛藤描いた10人
10作家の14編を収録。宗秋月(1944年〜)の「猪飼野のんき眼鏡」は女の業に迫り、李春穆(1932年〜)の「つつじ」や、劉光石の「雪夜」、梁淳佑の「半日本人」は内面の葛藤、趙南斗の「遠くにありて、思うもの」は老婆の悲哀、鄭貴文の「透明の街」は無色人間を皮肉った。
立原正秋(1926〜80年)の「剣ヶ崎」と松本富生(1937年〜)の「野薔薇の道」は、韓日混血がテーマ。飯尾憲士(1926〜04年)の「パッチュイ(蝙蝠)」は韓国の親族を訪問した物語。崔碩義(1927年〜)の「身捨つるほどの祖国はありや」などは南北の祖国とからんだ。
⑰詩歌集Ⅰ 独特な言語美をつむぐ
7詩人の9編を収録。姜舜(1918〜87年)の「なるなり」は少年期からの葛藤を形象化し、崔華國(1915〜97年)の「騾馬の鼻歌」は諧謔と風刺に富む。
ハンセン病で盲目だった香山末子(1922〜96年)の「エプロンのうた」は痛切な美しさが胸を打つ。呉林俊(1926〜73年)の「海と顔」は叙事詩の歴史証言。
鄭仁(1931年〜)の「感傷周波」は鮮烈な叙情で不思議な文体だ。ハンセン病で失明した金夏日(1926年〜)の「無窮花」と、李正子(1947年〜)の「鳳仙花のうた」「葉桜」などは短歌による自伝的構成で、言語美を紡いだ。
⑱詩歌集Ⅱ 生命を吹き込んだ言葉
12詩人の17編を収録。 妙達(1933〜96年)の「李朝秋草」などは凛としたリズムが特徴で、金太中(1929年〜)の「わがふるさとは湖南の地」はフランス文学の香りのする作風だ。
趙南哲(1955年〜)の「風の朝鮮」などは民衆の姿を描いた。崔龍源(1952年〜)の「鳥はうたった」は叙情性に満ち、盧進容(1952年〜)の「赤い月」は阪神・淡路大震災の鎮魂歌。李龍海(1954年〜)の「ソウル」は批評鋭く、尹敏哲(1952年〜)の「火の命」は疎外感をうたった。
ほかに丁章(1968年〜)の「闊歩する在日」、李美子(1943年〜)の「遙かな土手」、全美恵(1955年〜)の「ウリマル」、キム・リジャ(1951年〜)の「火の匂い」は在日を刻み、宗秋月の「猪飼野・女・愛・うた」には生き生きした言葉が踊る。
(2006.8.15 民団新聞)