掲載日 : [2006-11-29] 照会数 : 5652
<愛知平統フォーラム>北核封鎖へどう協調
[ 李鍾元教授 ]
[ 韓半島の非核化への努力を再確認したフォーラム=25日、愛知韓国会館 ]
主題発表 愛知平和統一フォーラムでの、李教授の主題発表は要旨次の通り。
「核危機の15年」が大きな分岐点を迎えている。北韓の核実験を契機に、「北朝鮮問題」の最終的な解決に向けて、国際的な連携の下、本格的な取り組みが行われるのか。それとも、北の核保有が規定事実化し、「核保有国」北韓が出現するのか。再開される6者協議の行方に、東北アジアの将来がかかっていると言って過言ではない。
10月31日、北京での米中朝接触で、6者協議の再開が合意された。10月9日の北核実験後、危惧された最悪の衝突コースは回避された。米国は6者協議の中で、金融制裁に関する米朝の交渉に応じるという一定の「譲歩」を示し、北朝鮮は金融制裁の解除を6者協議復帰への「前提条件」とした従来の姿勢を軟化させた結果とも言える。
ブッシュ政権6年間の対北強硬路線は有効ではなかった。強硬路線の結果として、北の核開発能力が格段に強化されたとして、中間選挙でも敗北した。北の核問題はイランの核問題、中東問題に直結する。核実験は関係国すべてのこの間の努力が実らなかったという総合的な失敗だ。北のNPT脱退、核実験は米国にとって歴史的汚点だ。韓国の「太陽政策」も失敗だと批判されている。
北と中国との関係悪化も予想以上だった。一説によると、北の指導者の写真を見せながら、次の指導者を誰にするのかという相談を米国としたという情報も流れている。北は中国との関係をこれ以上こじらせてはならないと判断する一方、核実験をしたことによって核という強力なカードを見せた。
対話と圧力 同時に…北体制の変容は不可欠
北の核問題は核単独の問題ではない。日朝間には①過去の清算②安全保障③拉致問題と関係正常化‐を同時に解決しなければならないという問題がある。
6者協議の再開で中心的な争点は、昨年9月19日の6者協議共同声明の実行に向けた具体案の策定だ。「核の放棄」と「エネルギー支援・関係改善」という目標に至る具体的な道筋(ロードマップ)を交渉し、作成するための「作業部会」の設置に合意できれば、具体的な進展のための土台が築かれることを意味する。米朝の相互不信が深い現状では、「核の放棄」と「見返り」という2つのゴールに至るプロセスをいかに組み合わせるかが実行過程の最大の課題となるが、共同声明では、「行動対行動」という原則が強調された。
例えば、「核の放棄」は、核施設の凍結、NPT復帰や査察の受け入れ、最終的な廃棄など、問題の緊急性などを基準にした段階が考えられる。他方、「見返り」については、当面のエネルギー支援、2国間・多国間方式の体制安全保障の提供、最終的な関係改善などに分けることができるだろう。
体制の安全保障と関連して、6者協議共同声明にも規定された「朝鮮半島の恒久的な平和体制」は有効な枠組みになるかもしれない。「朝鮮戦争の終結宣言」や「平和協定」の検討が伝えられ、その枠組みの中で、米朝間にも一定の関係改善や緊張緩和が可能となるからだ。さらに、それを踏まえて「東北アジアの安全保障協議」の場として、6者協議を常設機構化する構想も共同声明からうかがえる。04年頃から米国が中国にも打診してきた構想でもある。こうした多国間方式と並行して、拉致問題など懸案をめぐる2国間交渉や関係改善を想定したのが6者協議共同声明の構図。
北に核放棄の戦略的決断を促すには、「対話」と「圧力」の両方とも必要な手段となる。しかし、不幸なことに、これまでの過程では「対話派」と「圧力派」が連携を欠き、むしろ対立を繰り返した。
韓日関係は北韓問題の解決において、多くの面で利害を共有すると同時に、乖離や摩擦が増大しているのも事実である。安倍政権の成立を契機に復活しつつある日中韓関係にとって、北韓問題は緊急な共通課題であると同時に、さらなる協力関係の試金石でもある。ともに「非核国家」を宣言した韓日両国は、東北アジアにおける「核のドミノ」から失うものが多いという現実を冷静に踏まえつつ、地域的かつ世界的な「非核外交」の展開も構想する必要がある。
北核問題は、脱冷戦の地域秩序を目指す朝鮮半島と東北アジアにおける転換期の試行錯誤とも言える。ヨーロッパでの冷戦終結も、89年に突然訪れたものではない。すでに戦後初期からヨーロッパは、異なる体制による分断という現実を前に、異質の共存から模索を始め、交流と接触の増大を通して、体制間の収れんと接近を成し遂げた。それが冷戦体制の壁を市民社会から切り崩す結果となり、今やEUの拡大という「統合」の段階に至っている。
核開発を含め、北韓の抱える様々な問題は、最終的には北の体制の変容を必要とする。韓半島における「分断体制」は冷戦という世界的かつ地域的な対立の所産であった。韓半島の脱冷戦(および冷戦型政治体制の変容)が東北アジア地域形成という環境の変化を必要とするゆえんである。
(2006.11.29 民団新聞)