掲載日 : [2008-07-30] 照会数 : 3849
韓国戦争休戦協定締結55周年
今なお「米・北・中当事者」論
“通米封南”の虚言
一部マスコミ・学者が同調
国連軍指揮下韓国も当事者
「6・25」韓国戦争(朝鮮戦争)の休戦協定が締結されてから満55年(7月27日)になる。だが、日本の一部マスコミを中心に「休戦協定の署名者は米国・北韓・中国の3者であり、韓国は同協定の当事者でない」といった虚言が、粗雑な議論とともに、いまだにまかり通っている。事実の正確な報道と、正しい認識の共有化が望まれている。
全国紙ばかりでなく、著名な政治学者でマスコミへの登場回数も多い姜尚中氏も「休戦協定の署名者は米国・北韓・中国の3者」だと主張していることはよく知られている。
たとえば「北朝鮮、中国、アメリカの3者だけが、1953年の朝鮮戦争の休戦協定に署名したわけです。だから北朝鮮は一貫して、韓国は休戦協定から平和協定に変えるための対象国ではないといっているんです。その意味では、北朝鮮の理屈は理屈としてあっているわけです」(姜尚中+酒井啓子「イラクから北朝鮮へ」/太田出版)。
だが、こうした主張は事実に反し、まったく根拠のない無責任なものといわざるをえない。
まず、「北朝鮮、中国、アメリカの3者だけが休戦協定に署名した」との主張について。
韓国戦争は50年6月にソ連・中国との合意のもとに北韓軍の全面南侵により開始された。
米軍を中心とした国連軍(16カ国)に加えて中国軍まで参戦、3年余りにおよんだ戦争の休戦協定は、53年7月27日、板門店で国連軍側首席代表のハリソン米陸軍中将、中国・北韓軍側首席代表の南日・北韓軍総参謀長がそれぞれ署名。さらにクラーク国連軍総司令官が汶山で、金日成北韓人民軍最高司令官が平壌で、彭徳懐・中国人民志願軍司令が開城でそれぞれ最終署名した。
国連軍総司令官は、韓国軍を含む国連軍17カ国を代表して署名したのであり、署名者は「米朝中の3者」とするのは明白な誤りである。
当時、韓国軍は国連軍司令部の指揮下にあった。李承晩大統領が50年7月14日、臨時首都大田で駐韓米国大使を通じて韓国軍の作戦指揮権を国連軍総司令官(マッカーサー元帥)に委譲していたからだ(「大田協定」)。
国連軍側は、韓国軍を含む参戦17カ国が統一的司令部を構成、その指揮下にあったので、国連軍総司令官の署名をもって休戦協定の参加が完了した。韓国も、米国などほかの参戦国とともに休戦協定の法的当事者となったのである。
休戦協定は、戦闘行為の停止とそれに伴う捕虜交換などの取り決めが目的であったから、交戦当事者の軍司令官が署名したのであり、また軍司令官の署名だけで十分であった。協定署名者に韓国人の名前がないことをもって「韓国は休戦協定当事者でない」とするのは明らかに間違いだ。
金大中・元大統領は在任中の2000年10月31日の「コリア・タイムス」創刊50周年会見で「休戦協定締結当時、米国のクラーク将軍が署名したが、これは国連軍代表(総司令官)として行ったもので、韓国は国連軍の一員だったので当然、協定当事者である」とあらためて強調している。
次に「北朝鮮は一貫して、韓国は休戦協定から平和協定に変えるための対象国ではないといっている」との言説について。
無知の所産か、さもなくばためにするものというしかない。
そもそも北韓が対米平和協定を主張するようになったのは、韓国(朴正煕大統領)が「南北不可侵協定の締結」を提案した2カ月後の74年3月からのことである。その前年までは、韓国を「休戦協定の当事者」とみなし、休戦協定に変わる平和協定を南北間で締結することを北韓は主張していた。
たとえば、72年1月、金日成主席(当時首相)は日本の読売新聞記者との単独会見で「朝鮮での緊張を緩和するためには、なによりも朝鮮休戦協定を南北間の平和協定に替える必要がある」と強調していた(読売新聞1月11日付「南北朝鮮の平和協定を、金日成首相が提案」)。
さらに、同年7月の「7・4南北共同声明」発表後も、北側は南北間の平和協定締結を提唱していた。それが74年になって南北から対米へと対象を一変させたのである。平和協定に関する北側の主張は「一貫」しておらず、「理屈」としてもあっていない。
理屈にあわず一貫せぬ主張
対米平和協定主張は、休戦協定の当事者である韓国の排除・格下げを目的としており、非現実的で法理的にも妥当性を欠く、きわめて政略的なものだ。
同主張の是非は、それ以前の北側の主張を検証すれば、すぐにわかることである。それにもかかわらず、北側の対米平和協定主張について、その是非を検証することなく、「一貫し、理屈にあっている」などと、今だに弁護し、改めないのはなぜか。
なお、今年3月に韓国で出版された教科書フォーラム編「代案教科書 韓国近・現代史」は、コラム(休戦協定と韓国)で、こう指摘している。
「74年に北韓は休戦協定を平和協定に変えようと提案しながら、韓国は休戦協定に署名していないので平和協定も米国と締結しなければならぬと主張した。北韓の間違った主張は戦争の『交戦当事国』と休戦協定の『署名者』を区分しなかったことによる。休戦協定に署名した3人は互いに戦闘した諸国、つまり交戦当事国を代表して休戦協定に署名したのである。6・25戦争の交戦当事国は韓国、国連参戦16カ国、北韓、中国だ。国連軍総司令官クラークは韓国と参戦16カ国を代表して休戦協定に署名したのだ。したがって韓国は主要交戦国として厳然と休戦協定の当事国である」
(2008.7.30 民団新聞)