掲載日 : [2009-03-11] 照会数 : 4416
<読書>夫・力道山の慟哭 声に出せなかったアイゴー
日本全体に敗戦の痛手が残っていた昭和30年代、空手チョップで外国人レスラーを次々と倒して人々の溜飲を下げ、生きる勇気を与えた力道山。世間は日本人と思い、本人も努めて日本人らしく振舞ったが、実は朝鮮北部出身の在日同胞だった。
没後、40年以上が過ぎた今でこそ知られるようになった出自だが、当時は表に出ない事実だった。日本の相撲界に入門して関脇まで上るも、自ら髷(まげ)を切り落として引退するという前代未聞の断髪事件は、様々な憶測を呼んだ。著者である未亡人は、民族の違いによる葛藤や韓国戦争勃発の年だったことが原因ではないかと言う。
当時のプロレス興行は、組関係者が仕切っていた。西は山口組、東は東声会の町井久之(鄭建永)会長がまとめ、若い衆をボディガードにつけるほど身の危険を案じられていた。ケネディ暗殺に衝撃を受け、刺殺される夢を見てうなされたこともあった力道山は、63年12月8日夜、暴力団員にナイフで腹部を刺され、約1週間後に帰らぬ人となった。39歳だった。余りにも早すぎる戦後最大のヒーローの突然の訃報に、1万2千人が本葬に駆けつけた。
息を引き取る直前、3本の指が動いたのは、分断された韓国、北韓、それに日本の友好を願っていたのではないかと、著者は確信している。
(田中敬子著、双葉社1400円+税)
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(2009.3.11 2009.3.11)