掲載日 : [2009-04-15] 照会数 : 4428
丹波マンガン記念館存続へ 運営、市民の手で
[ 龍谷大学での「再建する会」設立総会 ]
募金1000万円目標
5月に財団法人設立
【京都】厳しい財政事情から閉館することになっていた在日同胞施設、丹波マンガン記念館(李龍植館長、右京区京北)を、大学教員や府民有志の手で引き続き存続させることが決まった。支援者を募って閉館予定日の5月31日に新たな運営母体となる「一般社団法人丹波マンガン記念館(仮称)」を設立する。来年以降、丹波マンガン記念館の第2ステージの幕を開けることになった。
中心となって再建を呼びかけているのは在日と日本人の学者らでつくる「『韓国併合』100年市民ネットワーク」(事務局・京都市)。「なくしてしまうのは惜しい」と3月28日、伏見区の龍谷大学で運動団体「丹波マンガン記念館を再建する会」を設立した。
設立総会で準備事務局事務局長を担ってきた細川孝さん(龍谷大学教授)が、「地域における生産と労働の歴史が刻まれており、優れた価値を持つ。日本の植民地支配と戦争を記録する平和博物館としてだけでなく、理科教育にとっても貴重な場だ。公共的な性格を明確にしていくためにも再建を進めていく」と宣言した。当面は8月末日を目標に1000万円を募金し、坑道の維持や記念館の建て替え、周辺整備にあてていくことになった。
父親の遺志を継いで毎年500万円の赤字を出しながら丹波マンガン館を運営してきた李龍植館長は、「日本には5000もの博物館がありますが、日本の植民地支配に関係した博物館は丹波マンガン記念館だけです。全国に支援を訴えてきたのがようやく実った。再建総会に集まってくれた皆さんにあらためて感謝の思いでいっぱいです」と明かし、胸を熱くしていた。
丹波マンガン記念館は鉱山でマンガン採取に従事した在日1世の李貞鎬さんが「強制連行され、劣悪な環境下で酷使させられた自分たちの生きた証しに」と私財をなげうって89年5月にオープンした。95年3月に李さんが死去してからは、子息の龍植さんが館長職を継いできた。
問い合わせは細川孝さんの研究室(℡・FAX075・645・8634)。
(2009.4.15 民団新聞)