掲載日 : [2003-05-21] 照会数 : 2655
韓日友好協力の時代的意義<上> 趙世衡・駐日大使(03.5.21)
地域協力の新地平を…期待されるリーダーシップ
相手国の関心・理解高まる
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□韓・日友好・協力の時代的意義
(1)ヨーロッパの歴史から得る教訓
韓・日協力の今の時代、21世紀における意義について述べさせて頂きたいと思いますが、その前に、経済統合を実現させ、今は政治統合を目指しているヨーロッパが、たどってきた歩みについて少し触れたいと思います。と申しますのは、それが韓・日関係においても、示唆に富むものがあり、大変意味あることと思われるからです。
19世紀の初め、ナポレオン戦争が終結した後、オーストリアの宰相、メッテルニッヒは、「ウィーン体制」を築き上げました。王権・保守主義を旗印とし、欧州諸国専制君主たちの共通の利益、即ち自由主義抑制による現状維持を優先させることで、欧州の平和と安定を保つことができました。
19世紀中葉に登場したプロシアのビスマルクが、ドイツの統一を目指したことによっていくつかの戦争が起こり、それが残した禍根がヨーロッパにおいて長らく尾を引くことになりました。
もともと、ビスマルクは、勝利した瞬間の自己制御のため、〞真の偉人〟と称される人です。しかし、1871年フランスとの戦争で勝って、ドイツの統一を成し遂げた彼は、本意ではなかったにしても、唯一の、しかし取り返しのつかない重大なミスを犯します。敗戦国フランスの領土、アルサスとローレンを合併したのです。このことが尾を引き、平和への道を遮って、やがて第一次世界大戦へと飛火するに至ります。今度は、勝者が「ベルサイユ体制」を通じてドイツに科した苛酷な懲らしめが、第二次世界大戦への災いへとつながります。
戦争はヨーロッパを廃墟と化しました。勝者・敗者を問わず、戦争で疲れきった西欧諸国は、世界の主役の座をアメリカとソ連に譲らざるを得なくなりました。要するに、先の戦争で得をした国は西欧のどこにもなかった、皆が敗者になったということです。
57年、石炭と鉄鋼からはじまったヨーロッパ経済統合の歴史は、それまでの歴史を鑑とし、かつての過ちを繰り返すまいとした、ヨーロッパの人々の新しい決意から生まれました。
皆さんご承知のように、一連のヨーロッパ統合の過程における草分け的役割はフランスとドイツが演じました。ヨーロッパ近代史を一貫してきた宿敵である、フランスのドゴール大統領と、ドイツのアデナウワー総理が立役者となった、歴史的妥協、その結果として生まれた「仏・独軸(AXIS)」がヨーロッパ統合の屋台骨をなしたわけです。
ヨーロッパの人々は、まず分かち合えるささやかなことから踏み出しました。鉄鋼、石炭、それに原子力分野で成り立った「共同市場」から「単一市場」へ、そしてまた「単一市場」から「単一通貨」へと、徐々に分かち合う実りの糧を大きくしていきました。そして現在、「単一通貨」へ辿り着いたヨーロッパは、究極のゴール、すなわち政治的統合を目指しております。
89年ベルリンの壁が崩れ、ドイツが統一を成し遂げた時、ヨーロッパは旧時代的構造が復活し得る、際どいところでありました。しかし、ヨーロッパは歴史の教訓を生かし、過去に戻ることなく、引き続き統合と結束の道を選んだわけです。
(2)冷戦後国家間の関係
このようなヨーロッパの歴史から得る教訓と共に触れておきたいのが、世界を大きく変えた冷戦体制の終焉であります。 冷戦が終わることにより、イデオロギーを軸とした東・西対立構造は解消され、新たな国際秩序が模索されてきました。その一例として、GATT、IMF体制等、45年以降世界経済を支えてきた体制や秩序が、抜本的に変わろうとしております。WTOの誕生や、国際資本の「国境・際限なき移動」の現象が起こり、また、グローバル化(Globalization)も進んでいますが、それと同時並行的に地域主義の流れも進んでいるわけであります。
こうした世界の動きは、韓・日関係にも変化をもたらす要因になりました。
すなわち、共産圏に対抗する西側陣営の一員としての絆が衰え、韓・日間に新しい時代にふさわしい協力の構造を築き上げる必要性が生じたのです。自由民主主義、市場経済、人権尊重といった普遍的価値を共有する韓・日両国が、2国および多国関係の枠組みの中で、緊密に協力しなければならなくなりました。
(3)韓・日関係の発展実績と地域協力の必要性
韓・日関係は、65年国交正常化以降、飛躍的に発展してきました。65年、2億㌦だった両国間の貿易高は、2000年523億㌦、2001年431億㌦、2002年450億㌦にのぼりました。日本は韓国にとって第2の、また韓国は日本にとって第3の貿易相手国となりました。
両国間の投資協力も持続的に増え、特に98年以来、韓国政府が受け皿作りを進めてきたこともあって、99年18・5億㌦、2000年25・3億㌦、2001年8・5億㌦、2002年15億㌦と長期的に増加していく傾向にあります。
経済交流の拡大と共に、人的交流も急速に増えております。65年当時、年間1万人だった両国間の旅行者の数は、2000年以降、毎年350万人程度を記録しています。これは、1日1万人程度が往来しているということです。
このような経済的、人的交流の増加と共に、韓・日両国民の相手国に対する関心と理解も高まっております。昨年、日本のマスコミが実施した世論調査によると、「韓・日関係が良好である」との回答が58%と、前の年より16%も上昇し、最も高い数字を記録しました。そしてまた、韓国でも、ワールドカップ共催後には、日本に対する好意的世論が95年の26%から42%にのぼりました。
一方、今日、グローバル化と同時並行しているのが地域協力の流れであります。この地域協力というものは、「排他的」でない、「開かれた」地域協力体制を目指すものであります。また、「グローバル化」と対立するのではなく、それを補う地域協力、ということであります。
先にも申し上げましたが、ヨーロッパは「共同市場」から「単一市場」を経て、「単一通貨」の実現を通じて、経済統合を成し遂げました。今後は、政治統合を目指しながら、その範囲を中・東欧へと拡大しようとしています。北米も、NAFTAの発足に続いて、自由貿易地帯を西半球一円へ広げようとしております。こうした中で、世界3大経済圏の一角を成す東アジアだけが、地域協力の競争から大きく遅れをとっています。地域内における経済発展の度合いや規模の格差、政治・社会・文化の隔たりという現実が地域協力の壁であると言われております。
しかし、これらが乗り越えられない壁であるとは思いません。段階的に時間をかけて克服していくことは可能なはずですし、地域協力においても、できることから始めていくという道もあります。そして、何よりも相対的に障害の少ないいくつかの国が先に協力を進めた後、その範囲を広げていくという現実的な選択肢もあります。
ここで重要になるのが、経済構造と普遍的価値観を分ち合う韓・日両国に期待されるリーダーシップです。それを発揮するためにも、地域協力の新たな地平を切り開いていくことが両国に求められる時代的役目であると思います。
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趙世衡駐日大使は14日、「東京大学コリア・コロキュアム」の第1回講座で「韓・日友好・協力の時代的意義」をテーマに記念講演した(記事4面に)。このうち、後半部分「韓・日友好・協力の時代的意義、盧武鉉大統領訪日の意義」を2回に分けて紹介する。
(2003.5.21 民団新聞)