掲載日 : [2002-11-21] 照会数 : 2518
祖母からの伝統継承へ 量より質の高い演奏目指す
デビュー1年
「散調合奏・成錦鳶カラク・カヤグム散調」は、池さんが10年以上を費やして創作した作品だ。独奏の成錦鳶カラク・カヤグム散調に、25絃のカヤグム伴奏を加えることによって生み出される幅広い音域とハーモニーが、豊かな音色を紡ぎ出す。
「お互いの力を刺激しあいながらの演奏は楽しい。母はぐいぐいと引っ張ってくれ、綱引きをしているようです」。親子公演では安定した大らかな演奏を披露した。
◇ ◆ ◇
幼少のころから「演奏したいと思った時にカヤグムが触れる」と母から教育された。小学校高学年の時、母が主宰する研究所の発表会で演奏するために、半ば強引に初めてカヤグムを習わされた。「初めて弾いた時は指導が厳しく怖かった。カヤグムを持つと、母でも娘でもない子弟関係」だった。
発表会後、母から怒られた思いが強く残り、カヤグムから遠のいた。そんな気持ちを解きほぐしたのが、86年6月に日本民芸館での公演のために来日した祖母の成錦鳶さんだ。中学生になっていた。祖母が滞在した3カ月余の間、散調を習った。祖母が喜んでくれることも嬉しかった。
当時、「はっきりものを言う母に対して反発心もあった。祖母と過ごしたことで、カヤグムが好きだったと自覚できた」という。高校生の時、母が歌う歌詞の内容と、芸を大切にする母の気持ちを理解したい、と思いを告げた。母は、最初に言葉を理解し、文化を知ることの大切さを娘に助言し、韓国行きを勧めた。
◇ ◆ ◇
高校卒業後、語学留学を経て美大の陶芸科に入学。そして、韓国芸術綜合学校伝統芸術院大学院音楽科伽?琴専攻では、東洋音楽という大きな枠の中で多彩な音楽に触れた。改めてカヤグムの良さを再認識し、伝統の重さを感じ取るようになった。
この間、古典と現代音楽の狭間で揺れ動いてきたが、86年に祖母と母が共演し、15年後に同じ場所で母と娘が舞台に立ったことに意味を感じ、成錦鳶流カラクを継承していく気持ちが固まったという。
以前、普通ではあり得ないことだが、祖母が帰国する際に日本に楽器を残していった。夏休みに楽器を持って訪ねようと計画していた矢先に祖母は亡くなった。「運命を感じた」と当時を振り返る。
伝統の中に民族の歴史があると語る。「伝統を守っている人たちの気持ちを、理解しながら弾くことによって良さが伝わると思う」という。
伝統音楽に自分の個性をどう表現していくかが今後の課題だ。「母は大地のオモニという力強さがある。私はエネルギッシュで若さのある音を作っていきたい」。人生の中で最も影響を与えてくれた、誇りに思う母のような演奏家を目指す。
来年5月、韓国で母娘による初の公演に向けて準備を進めている。「母のようにじっくり時間をかけて量より質で頑張っていきたい」と答えた。
(2002.11.20 民団新聞)