掲載日 : [2007-01-17] 照会数 : 5933
読書
[ 恩愛の絆
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[ 【左】「銃口」が架けた日韓の橋、【右】人はなぜ自殺するのか ]
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恩愛の絆 肉親、民族の絆とは何か
1937年、慶南三千浦市に生まれた著者は、明治大学を卒業後、貧困ゆえに学者の道を自ら断ち、北送事業に淡い夢を抱いた。北韓に盲従する洗脳教育を受け、「帰国船」に乗る直前までいった。
しかし、当時民団栃木県本部の幹部だった父親の激怒と「行くならおまえを殺して私も死ぬ」と包丁を振り乱す母親によって断念せざるを得なかった。
35歳の時に帰化をした。それが、「韓国人でもあったし、日本人でもあった」「どうしてそれが両立しないことなのか」と長い間、迷い続けて生きてきた金富生が出した結論であった。在日であることからの逃避ではなく、日本の文化や風土に溶け込み、心を昇華させていると思ったからだ。
帰化は最愛の長男と韓国に戻って暮らすことが最後の夢だった母の胸を打ち砕いた。父親との関係も断絶した。母はその後ガンに侵され、47歳の若さで世を去った。
本書は家出や自殺未遂、二度にわたりガンに見舞われた著者が、副題に「無窮花の国から」と表したことから伝わるように、意を決して上梓した自伝的小説である。全国的な知名度はないが、昨年発刊された『〈在日〉文学全集』の中に、デビュー作の『野薔薇の道』も収録されている。日本人、在日の各世代に読んでほしい。
(松本富生著、勉誠出版2500円+税)03(5215)9021
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「銃口」が架けた日韓の橋 平和願う演劇に喝采
三浦綾子の最後の小説となった『銃口』が、劇団「青年劇場」によって舞台化され、「韓日友情年」の05年、韓国14都市で40日間にも及ぶ巡回公演を敢行、成功裏に終えたことは記憶に新しい。
本書は、体調を崩してついに訪韓できなかった故人に代わり、初めて韓国の地を踏んだ夫の三浦氏の体験記や日本人の一人として韓国民に発した謝罪の言葉、さらには北海道のタコ部屋から逃げ出した朝鮮人作業員を三浦氏の祖父が助ける目撃談から原作に取り入れられた『銃口』創作秘話などが紹介されている。
また、小泉首相の靖国神社参拝が強行された頃、すでに幕開けしていたこの演劇を通じて、韓日関係がギクシャクする中にあっても、日本の良心を知る機会を得た韓国の記者や映画監督などの肉声も収められている。巻末には演劇を観ることができなかった読者のために、あらすじが挿入されている。
日本の国家主義が韓国の市井の人々を抑圧してきた歴史。日本と聞けば、鳥肌が立つほど嫌だったとアンケートに答えた高校生。
それらの事実を踏まえ、韓日の市民がこれからはお互いをステレオタイプ化して見るのではなく、市民レベルの連帯の可能性があるということを、『銃口』は韓国の老若男女にはっきり刻んだことの意味は大きい。
(三浦光世・黄慈惠著、新日本出版社1600円+税)03(3423)8402
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人はなぜ自殺するのか 自殺大国に救いとなるか
医師の国家試験を控え、勉強漬けになっているところに親友から1カ月にわたり毎日かかる電話。大事な時期を理由に、暗に通話を拒絶しても翌日も同じこと。しかも、話の内容が明らかにおかしくなっている。電話を避けるようにして数日後、ぴたりとかかってこなくなった。約1週間後、その親友の自殺を告げる友人からの電話を受けた。
自責の念で眠れなくなったが、試験場で亡き親友に「医者になって人のために尽くす」と赦しを乞い祈った。祈りが通じたのか合格。研修医になって派遣留学生に選ばれたのを機に、将来何がしたいのか自身に突き詰めた。
答えは精神医学を学び、自殺問題に取り組むことだった。十字架を背負う覚悟を決めた瞬間でもある。
本書は現在、日本自殺予防学会の事務局長職にある在日3世の医師が、自殺者の家族、友人らと面接し、故人の生活史から死の原因を探る「心理学的剖検調査」から自殺の予防策を世に問うものである。
自殺を禁じるキリスト教の影響下、18世紀まで自殺者は精神障害者と断じられていた。その後、啓蒙思想を背景に、医学・心理学が発達し、精神医学が確立したという。
年間3万人台の自殺者が何年も続く日本の病巣と闘う医師の姿は、私たちにも生と死に向き合うことを突きつけているように思う。
(張賢徳著、勉誠出版2000円+税)03(5215)9021
(2007.1.17 民団新聞)