掲載日 : [2003-01-29] 照会数 : 5307
旧青山トンネル殉職同胞が史実に復帰(03.1.29)
[ 青山トンネルの歴史を調査した橋本先生(右)と21人の生徒たち ]
[ 現在は使用されていない旧青山トンネル ]
三重・青山中学の生徒21人が調査
〞間違い正して〟の念で町を動かす
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史実VTR化で訴え、今後の刊行物から対応約束
【三重】トンネル工事の最中、事故で8人の同胞が死亡した歴史上の事実が地元の町史にも記載されずにいるのはおかしい、と純粋な気持ちから史実を調査した中学生たちの活動が町を動かし、このほど今後の刊行物からは事実を記載することを約束した回答が届いた。
工事中の事故で8人の同胞が死亡したのは三重県内の白山町と青山町にまたがる近鉄線の青山トンネル。長さ3432㍍と当時私鉄最長の青山トンネルは16人の犠牲者を出す難工事となった。犠牲者16人のうち8人が同胞であったことは、本籍地の追跡調査などから明らかになっている。
しかし、トンネルの西側入り口に位置する青山町が79年に刊行した青山町史には犠牲者16人という数字だけが記載されている。また、東側入り口に位置する白山町の文化誌には死者8人としか記載されていない。
青山町立の青山中学では、2年ほど前から新入生を対象にした総合学習の時間に「青山町を知ろう」というグループ学習の取り組みを進めてきた。昨年設定された8つのテーマの一つが「旧青山トンネル」だった。
橋本浩信教諭を先頭に21人の生徒がテーマに取り組んだ。トンネル工事に多くの朝鮮人が従事した事実などが浮かび上がった。
当時を知る町の古老からも聞き取り調査し、正確な人数は分からないながらも工事に従事したうちの半数以上が同胞だったこともつきとめた。また、周辺の飯場の状況や喪輿(サンヨ)で葬儀を営んだ様子などもわかった。
調査結果は、人気番組の名称をかぶせて「プロジェクトX・旧青山トンネル」という約40分のビデオにまとめ、昨年10月の文化祭で発表して学校内に大きな反響を巻き起こした。
調査を進めるうちに町史に事実が記載されていないことも明らかになり、「なぜ本当のことが書かれてないのか」と疑問に思った生徒たち口からは、当然のように「記述を訂正してもらいたい」という思いがわき上がった。
生徒たちの純粋な思いを伝えたところ、白山町の教育委員会から、当時の著者が故人となっており、犠牲者数が違っている理由は分からないとしながら、刊行から約30年を経て修正や訂正の必要部分が指摘されている現在の調査では朝鮮人8人を含む16人が周知の事実歴史上の事実として記載されなければならない―として、今後白山町で刊行される町史や刊行物では正確に記載するという回答を得た。
生徒たちは間違いが訂正されることを喜び、橋本教諭も「生徒たちの純粋な気持ちが実ってうれしい」と話している。¥()
旧青山トンネル
1927年当時、近鉄は大阪方面から伊勢神宮への日帰り参拝の便を図るため路線の東進を計画。近鉄の姉妹会社であった参宮急行電鉄が1928年3月、青山高原の直下を通る青山トンネルをはじめ16カ所のトンネル掘削と、135カ所の橋梁架設など幾多の難工事を完遂し、1930年12月に現在の伊勢市まで開通させた。その後単線区間で列車事故が起きたため、現在は複線化した新しい青山トンネルが使用されている。
(2003.01.29 民団新聞)