掲載日 : [2007-06-06] 照会数 : 4937
<読書>開化派リーダーたちの日本亡命 見直される開化派の先駆性
開化派の志士、金玉均、朴泳孝、徐載弼らは朝鮮の近代化改革を唱え、1884年にクーデター(甲申政変)を起こしたが失敗し、命からがら日本に亡命した。
ところが、日本は彼らを厄介者扱いした。朝鮮との外交関係悪化を懸念したからである。腹を立てた朴、徐の両名はやむなく米国へと船出した。東京に残った金玉均に本国から刺客が送られて来たため、内務大臣は国外退去命令を出すなど常に身辺は穏やかではなかった。その後、日本政府は金玉均を小笠原流刑、北海道移送に処した。自由の身になったのは、亡命6年後の1890年のことであった。
日本生活を余儀なくされた金玉均を物心両面で支えたのが、栃木の豪農出身の須永元である。その人柄と学識に魅了され、1894年3月、上海で暗殺されるまで佐野の屋敷に長い間かくまっていた。
韓民族の自立発展を願った須永は、韓日併合について「金先生をして世に在らしめば、今日の勢いを成さざるや必なり」と書いた。金玉均に対する信義の高さを示した言葉と言えよう。
今日、韓国では「民族の先覚者」として、開化派が見直されているという。在日医師である著者が、金玉均が一時期寄寓したとされる本郷の真浄寺にある墓碑など、ゆかりの地を丹念に取材して世に問う一冊である。
(姜健栄著、朱鳥社1600円+税)
℡03(5358)3984
(2007.6.6 民団新聞)