掲載日 : [2009-04-15] 照会数 : 7965
フラッシュ同胞企業人<35>どんな要望にも応える
[ 1930年生まれ。大阪・西淀川佃小学校卒。90年、(株)マルエイに社名変更。民団鳥取県本部顧問。2男3女、孫7人。 ]
マシニング加工で多様な受注
マルエイの金孝俊社長
コンピューターを利用して各種建築物や工業製品などの設計を行うシステムをCAD(キャド)と称する。そのCADで作成した3D(3次元)データをもとに、NCマシン(切削用の工作機械)に製作プログラムを読み込ませ、プログラム通りに加工するのがマシニング加工といわれる技術だ。
「マシニング加工はミクロの世界。高精度で特殊な加工技術に特化し、3次元測定装置などによる徹底した管理で製品を仕上げていく」。いつでも顧客のニーズに柔軟に対応できるよう、態勢を整えているというのだ。「試作品も含め、数量も、種類も、バラエティーに富む」
昨年の後半から、受注量が激減し始めた。「これまで体験したことのない不況だが、なんとか持ちこたえたい」。社員は15人。
最初はろくろで
1930年生まれ。大阪市立西淀川区佃小学校卒。勤労動員に駆り出される中で、「勉強はいつしたかわからないが、代わりに、ろくろなどの仕事を覚えることができた」。
57年、同胞密集地の大阪・生野に丸栄金属製作所を設立。最初はろくろを回しながらの製造だった。
68年、取引のあった三洋電機が鳥取市に進出するのにともない、大阪から移転した。主にガス機器関連の部品を製造した。「瞬間湯沸かし器に種火を点灯させたままにするノズル。当初はそれが主要な納品物だったが、直径はコンマ16(1000分の16㍉)にすぎない。特殊な技術がなければ、作れなかった。さまざまなガス器具メーカーから注文が来たものだ」
3Dの測定機も
80年、県の要請を受け、県下で最大規模の南栄工業団地に移転。好条件の高度化資金を得て、6400平方㍍の工場敷地を確保、第1、第2工場を建設した。
90年、(株)マルエイに社名変更。鳥取三洋電機のガス機器事業部が東京に移転したのにともない、新規の顧客開拓に乗り出した。従来の旋盤からマシニング主体に転換、県でも指折りの設備を整えた。
「顧客の要望はどんどん厳しくなるばかり。品質を保証する時代へと変わっていったのに合わせて、3次元測定機BRTを導入した。顧客から高い評価を得ている」
現在、長男の鐘植さんが工場長を務めているが、悩みのタネは、地方における技術者不足。「コンピューター化の導入により、若者は自分の頭で考えなくなり、逆に技術者が育たなくなった。経験を重ねる中で、機械や材料、いろいろなことに熟知しないといけないのに、便利な世の中になった分、がまん強さが失われつつあるようだ」と指摘する。
「マシニング加工は自分のアイデアしだいで、可能性が広がる。地方の場合、顧客のどんな要望にも応える態勢が必要だ。知事にも、付加価値の高いものを追求すべきだと、提言している。そのためには、優秀な人材が欠かせない」
この不況を乗り切るためには、「じっと耐えるしかない」。
◆(株)マルエイ=鳥取市南栄町13(℡0857‐53‐4521)
(2009.4.15 民団新聞)