掲載日 : [2009-04-15] 照会数 : 4576
北韓の論理どう読むべきか(上)
[ ソウルの光化門前で北韓のミサイル発射に抗議する人たち ] [ 北韓のミサイル発射に抗議するアドバルーン=臨津閣で ]
「人権不在」の暴挙 世界は許さず
「国際的な圧力にもかかわらず、北韓の暴挙を抑止できなかった。私たちは、北韓によって一方的に苦境に追いやられるだけでいいのか。小さな力であっても、在日同胞として何かできるはずだ」−−北韓が「人工衛星」の打ち上げと称して、「テポドン2」の改良型と目される長距離弾道ミサイルを発射する前後から、地団駄を踏む思いの読者諸氏が本紙に、苛立ちの声や質問を相次いで寄せてきた。「暴挙の狙いは何か」「飢餓常態をなぜ放置できるのか。そもそも北韓に人権意識はあるのか」「朝総連同胞も苦境に追いやられているのに、なぜ声を上げないのか」「北韓の改革・開放に在日同胞は何ができるのか」など、2回にわたって考える。
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過去の「成功」忘れられず
韓米日の連携強い
包囲網狭め選択肢を失う
国際社会を敵に回し、住民の飢餓まで放置して、核兵器の搭載が可能なミサイルを発射する狙いは何か。
6者会談では閉塞感を強め、日本との関係は拉致問題によってこじれたまま。米国のオバマ新政権の出方も期待したほどではない。過去10年にわたって、甘い汁を吸い上げる対象だった韓国は、その宥和政策を見直して毅然とした態度をとっている。
いったん持ち直したかに見えた経済事情も、再びの悪化に見舞われている上に、金正日国防委員長の健康不安が明らかになり、後継問題も一挙に浮上した。改革・開放への欲求は潰しきれる段階を超えていると見てよく、政権基盤が揺らいでいる。
そこで、韓国に軍事的な圧迫を強めて宥和政策の復活を余儀なくさせ、米日には関心を向けさせて何らかの譲歩を引き出そうとすると同時に、軍事的な緊張を煽ることで、国内の引き締めを図ろうとしている。北韓は再び「成功」事例に乗っかろうと考えていることは間違いない。金委員長はかつて、こんなことを言った。
「現在、米国や日本、南朝鮮を見ると、我々が『先軍政治』を前面に掲げ強く主張した時点から、我々に対してより一層、低姿勢になって擦り寄ってきた。米国の奴らが腰を屈めて近寄ってきたので、日本や南朝鮮の奴らも我々に対して、どんな物資でもすぐに提供しましょうと申し出てきている。特に南朝鮮が一番焦っている。(中略)我々が日本との関係を修復した後で南朝鮮問題に取り組むという姿勢を示したら、南朝鮮の奴らは全身全霊、媚びを売るようになってきた」(注参照)。
核実験強行の旨味に味しめ
北韓はこうした旨味が忘れられないのだろう。06年10月の核実験強行で、米国との直接接触が実現し、核開発の段階的な廃棄を条件に、マカオの資産凍結解除や重油100万㌧相当の供与、テロ支援国家の指定解除などを勝ち取ったとの思いもある。
だが、主要関係国は約束の反故が常習の北韓に対して、そもそも不信感が強い上に、瀬戸際外交に対する学習も重ねてきた。問題を解決するための正常な対話を働きかけることはあっても、脅しに屈して宥和政策をとる可能性は、時を追って狭まっている。今回のミサイル発射はそれを一層、加速することになろう。
北韓は韓国がPSI(大量破壊兵器拡散阻止構想=注参照)に参加することに、「宣戦布告」と見なすとの脅しまでかけてきた。前政権が北韓を刺激したくないとして、参加を見送ったものだが、韓国はこのたび正式参加への意向を固めた。日本は独自制裁の強化・延長のほか、軍事力の強化と防衛意識の高揚に活用しようとしている。
オバマ米大統領はミサイル発射と同じ日、プラハでの演説で「米国は核保有国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核保有国として、行動する道義的責任がある」と語り、「核の脅威に対応するため、より厳しい新たな手法が必要だ」と指摘、北のミサイル発射に対しても「断固とした国際的な対応を取る」と言明した。包括的核実験禁止条約を批准し、兵器用核分裂物質の生産禁止条約の交渉開始も明言した。「核のない世界」を目指して、NPT(核不拡散条約)体制が強化されることは間違いない。
独裁体制解体へ圧力は続く
北韓指導部がどうあがき、国際社会をいかに揺さぶろうと、大量破壊兵器の廃棄や輸出の封鎖はもちろん、日本人や韓国人の拉致問題解決、人権蹂躙と飢餓の放置をいとわない独裁体制の解体に向けて、国際社会の北韓に対する圧力・包囲網は、改革・開放に転換するまで緩むことは決してない。
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余りに異様な人権歪曲
「自主」を錦の御旗に
「先軍政治」でふえる犠牲
韓国政府高官が「今回のミサイル発射だけでも3億ドル(約300億円)。100万トンの米が買え、食糧難を解消しておつりが来る」と語った。飢餓が常態になっている北韓ではそもそも、住民の生活や生命、人権をどう考えているのか。
それらすべては「人間が人間らしく生きるために生来持っている権利」−−つまり人権問題に集約できるが、北韓指導部の「人権」意識は、国際社会に定着した常識とはまったく異なる。
①「人権は国家主権により保障される。(中略)人権すなわち国権である」②「人権は本質において人民大衆の自主的権利だ。自主性を生命にする社会的存在としての人間の生きる権利が人権だ」③「先軍は真の人権を擁護するための政治であり、帝国主義者たちとの人権対決における無敵の保険だと言える。(中略)人民たちに自主的な政治思想生活を保障するのみならず、裕福で文明的な物質文化生活を開化させるための愛民の政治だ」
思わず「えっ!?」となりそうなこれらフレーズは、労働新聞(07年8月17日付)の「帝国主義の《人権》攻勢を断固として踏み潰そう」と題した論説から抜き出した。
①=「生来の権利」である人権と、為政者が恣意的に行使しがちな国権とは、歴史的に見ても基本的には対立する概念だ。人権意識の成熟した今日でも、その本質は変わらない。だからこそ、人権の尊重には不断の努力を要する。
大衆個々人の命が見えない
それにもかかわらず北韓は、「人権」は「国権」であると平然と言い切ってしまう。「人権」と「国権」が客観的に見て、如何なる時代の如何なる国家にも比べられないほど、先鋭に対立しているにもかかわらずだ。
しかも、その「国権」は労働党では総書記、人民軍では最高司令官であり、国制においては最高ポストの国防委員長である金正日氏に集中している。生きようと死のうと金委員長に絶対服従することが北韓の言う「人権」ということになる。
②=字面では一見まともに写るこの論理は、人権圧殺を覆い隠すカラクリの標本と言えよう。まず、「人民大衆」と一括りにするだけで、大衆個々の存在は眼中に置いていない。その上で、「自主性を生命にする社会的存在」を絶対視し、そこに「人権」を従属させている。
ここで言う「社会的存在」とは、史的唯物論で「社会意識がそれによって規定されるところの物質的・生産的諸関係の総体」であり、一般的に言われる「人民大衆に共通する社会的役割や生活様式を通じて類型化された存在」と考えていい。これらに組織化され、組み込まれることによってのみ、つまり現体制、現路線に忠実な僕(しもべ)になってこそ「生きる権利」があるということだ。
しかし北韓では、忠実な僕となっても命を永らえることは容易でない。相対的に貴族的な生活が可能な約30万人と言われるエリート層によって、圧倒的多数の人民大衆の人権は踏みにじられている現実は、すでに覆い隠せない。
③=2012年までの異例の中期プランを提示した08年「共同社説」(労働新聞・朝鮮人民軍・青年前衛の3紙)は、「先軍思想のもとで、人民経済の主体性を強化し、自立的民族経済の優位性に依拠して、2012年までに経済と人民生活を高い水準に引き上げ、社会主義強盛大国の大門を開く」(要旨)と宣言した。
これを素直に読めば少なくとも、今はミサイルや核兵器開発に資源と人材を集中しているが、その軍事力の誇示によって敵性諸国を屈服させ、制裁解除と援助導入を果たすだけでなく、兵器セールスによって外貨を稼ぎ、人民生活の向上につなげる、と言う意味になるのだろう。
意図する道は狭まる一方に
しかし、前述したように、敵性諸国が屈服することも、兵器輸出を拡大することも、その可能性は狭まっていく。むしろ敵性諸国の軍備増強を招き、北韓はそれを恐れて「先軍政治」に一層、血眼になるほかない。人民大衆の犠牲は続くことになる。ここで、北韓が02年に実施した「7・1経済管理改善措置」を思い出してみよう。
主たる内容は「物価と賃金の引き上げ」「配給の見直し」「ドル公定レートの実勢化」であった。コメが500倍に、賃金が平均20倍に変更されたという。配給については基幹産業・公務員を除いて縮小もしくは停止された。ドルレートについては、一般的な配給制度を停止して給与や独自収入によって自立生活を求める以上、当然の付随措置とされた。
この「7・1措置」を当初、「改革・開放」と「市場経済」への転換と受けとめる向きも一部にあった。しかし、これに先立つ01年10月、金委員長は「強盛大国建設の要求に沿って社会主義経済管理を改善・強化することについて」と題する内部指針で、「無料の部分が多い経済活動を整理し、(中略)勤労者は自分の収入で食糧を買い、住宅も購入するか家賃を払うようにしなければならない」と述べたとされる。
優先順位低い人民経済政策
また、「7・1措置」直後の労働新聞(7月26日付)は「労働の質と量に応じて分配する原則を徹底的に守るべきだ」と主張した。これらを今日の状況に照らせば、「7・1措置」は、配給体制を維持できなくなったために一般民衆を地下経済市場に放り出し、「先軍政治」と体制維持を優先したに過ぎない、ということになる。
労働新聞などが繰り返し強調する北韓の施策優先順位は、第一に「政治思想的威力の宣揚」であり、第二に「国防力強化」である。順位第三の人民経済分野にはそこから余ったものしか回されない。余ることもないはずだ。それはまた、「7・1措置」後、一時的に配給制度の復活を試みて失敗したことからも分かる。
どこをどう掘り返しても、「先軍政治」が「真の人権を擁護する」とか、「裕福で文明的な物質文化生活を開化させる」とかいった《餅の絵》は描けない。
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指導部に焦り「亡国」を意識
現体制に一層の執着
「帝国主義の攻勢」を極度に恐れ
北韓が「人権」について如何に強弁しようと、国際社会からの改善圧力が軟化するはずもない。北韓指導部にも焦りがあると思うが。
北韓の生産手段の国有化・集団化は、他の社会主義諸国に比べても、短期間に広範囲かつ徹底して遂行された。経済の集中化と、故意や失政によってつくり出される生活必需品の不足は、民衆の国家に対する経済的依存を持続させる。加えて、金日成神格崇拝と「主体思想」を軸にした思想統制によって、マインドコントロールも徹底している。
北韓の人民大衆は、国権をただ一人で掌握する金委員長の所有であり、「人権」も金委員長ただ一人の所有に帰するということだ。このような「人権」を人権とは言わない。類型を敢えて探すとすれば、「朕は国家なり」という言葉があった絶対王政確立期のヨーロッパ地域に、雛形(ひながた)があったと言えるのみであろう。その絶対王政は市民革命によって葬り去られた。
「人権」問題についての労働新聞論説は、こうも言っている。「帝国主義の《人権》攻勢の後遺症は非常に大きい。国と民族の自主的発展をもたらし、世界平和を保障するうえで帝国主義の《人権》攻勢ほど危険なものはない。ここに巻き込まれることは亡国の道、死の道だ」
北韓指導部もよく分かっているのだ。彼らが「亡国」と「死」の体制にしがみつきながらも、不安心理に駆られていることは間違いない。人権改善に圧力をかける諸国に「帝国主義」とのレッテルを貼り、「世界のすべての国々に全く同じように当てはまる唯一の人権基準というのはありえない」と抵抗を試みるのが精一杯であろう。
しかし、最低限の人権基準すら満たしていない北韓指導部にはそもそも、唯一の人権基準を云々する資格はどこにもない。
※注=『月刊現代』02年1月号「金正日の独白録‐朝鮮総連最高幹部を前に極秘指令」より。これは金正日委員長が98年4月と00年3月に、朝総連幹部を前に行った演説を極秘入手し、テーマ別に整理・編集したもの。
※注=PSI(大量破壊兵器拡散阻止構想)核・生物・化学兵器や弾道ミサイル関連物資・技術の移転や輸送を阻止するための国際協力の仕組みで、北韓などを対象にブッシュ前米大統領が03年に提唱、日米英露仏など80カ国以上が参加。
(2009.4.15 民団新聞)