掲載日 : [2009-04-29] 照会数 : 5038
北韓の論理どう読むべきか(下)
[ ミサイル発射に抗議して朝総連本部前で抗議する民団代表団 ] [ ミサイル発射に抗議するビラ配りも(7日=東京・新橋) ]
改革・開放へ在日の責任は重い
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朝総連=工作組織の縛り
強い党への従属…一般同胞の危機感は深刻
北韓民衆の「人権」は事実上、金正日国防委員長ただ一人の所有に帰する、ということだった。しかし、日本で生活する朝総連同胞たちは違う。「テポドン2」発射などの暴挙が彼らを苦境に陥れることに、何の痛痒も覚えないのだろうか。
朝総連系ばかりか全同胞が苦境に陥ろうが意に介さないし、介しようもないということだ。北韓の論理によれば、自分たちの闘いはすなわち朝総連の闘いであり、全同胞が賛同してしかるべき闘いという位置づけになる。北韓民衆に如何なる犠牲もいとわない戦時体制を強い、それを朝総連にも求めている。
この問題についても前回で紹介した「金正日の独白録‐朝鮮総連最高幹部を前に極秘指令」(『月刊現代』02年1月号)が参考になる。この独白録は朝総連ウォッチャーの間でもその信憑性が高く評価されているものだ。そこで金委員長はこう述べている。
「総連はあくまで敵地にある組織なので、祖国と同じ方法で事業を行おうとしてはならないのだ。愛国、愛族、愛民の海外同胞組織として、われわれ朝鮮労働党の指令を受ける同胞組織だという印象はカムフラージュしなければならない。しかしながら内側では、学習組の組織活動を強化しながら、徹底的に同志的団結の原則を前面に掲げるべきだ」
つまり、「敵地」である日本に存在する朝総連は、労働党の指令によって動く印象は隠蔽するが、労働党の指令を貫徹する学習組を徹底強化しなければならない、ということだ。これはそのまま、朝総連の本質を言い尽くしている。
労働党直属の非公然工作組織=学習組は地方本部・支部、傘下団体にまで組織され、中央の「学習組指導委員会」が統轄した。表面的には同胞の「権利擁護団体」や北韓の「外交代表部」の立場をとりながら、体内に組み込まれた学習組が組織中枢を掌握し、朝総連の性格を規定してきた。二つの「顔」を持つとは言えても、二重構造と見ることはできない。
しかも、朝総連は綱領の筆頭で、すべての在日同胞を北韓の周りに総結集させ、主体偉業の継承、完成のために献身することを掲げている。まさに、労働党規約前文の「最終目的は全社会の主体思想化と共産主義社会を建設することにある」との文言と合致する。
この規約は、韓国を主体思想化し、北韓の体制のもとに南北統一を達成するというものだ。朝総連の実体は、こうした労働党の意思を具体化することにあり、対韓工作がすべてに優先されてきた。60年代後半から70年代を通して、多くの民団系2世が「工作員」として韓国に送り込まれ、相次いで摘発された事実はいまも記憶に新しい。
非公然組織は温存したまま
北韓が対日国交正常化を視野に入れた「小泉訪朝」(02年8月)を前に突然、学習組の解散が宣言された。しかしこれは、再編の隠れ蓑に過ぎず、非公然組織は05年に復活したとされる。再びの衰退を免れていないものの、労働党の直接指導を受けながら温存されていると専門家は見ている。
労働党への従属を強めてきた朝総連の指導部や中核においては、北韓が如何なる暴挙にでようと、覚悟のうえということなのであろう。しかし、指導部・中核と一般同胞の意識はかなり隔たっており、両者の利害は明確に区別されねばならない。一般の経済活動によって生計を立てている同胞は、深刻な危機感を持っている。
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底流には変化のマグマ
目を背ける権力集団…格差は拡大 タガも緩む
改革・開放がなければ、北韓が自滅するのは時間の問題と言われる。最近の動向はどうなのか。
北韓の民衆は「見ざる、聞かざる、言わざる」という「3猿」状態にある。しかし、如何にマインドコントロールされようと「思う」ことまで完璧に抑制することはできない。別天地を求めて後を絶たない命がけの脱北がその証だ。この間の南北交流や北・中国国境での様々な接触などによって、「南風」や「中国風」の影響も無視できないレベルに達している。
北韓当局はこうした現状に対して、対外的な緊張の造成を策し、返す刀で思想教育の徹底化を図りながら、締め付けの強化を試みている。その一方で、今年の「共同社説」(労働新聞・朝鮮人民軍・青年前衛の3紙)が「千里馬運動」を再び大々的に掲げたように、抜本的な政策転換を忌避して「ウリ式」にすがろうとしている。
千里馬運動は、50年代後半に始まった国家的な大衆動員による経済再建運動だ。反復される精神主義的な群衆動員によって、枯れ死に状態にある労働意欲を掻き立てようというわけである。だが、もっぱらサボタージュによって抵抗する民衆にどれほどの効果があろうか。また、芽生えた改革・開放への共感を摘み取れるのか。
まずは、昨年12月に韓国の複数のメディアが報道した北韓の二つの現象に注目したい。
一つは、大都市で幹部が引退や失職に備えて職権で住宅をつくり、転売するケースが頻発しているというものだ。民衆の間でも住宅の売り買いが露骨で、取り締まりに躍起の当局が取引額と同額の罰金を科しているという。もう一つは、04年に中断した携帯電話事業を再開したことだ。1台当たり加入費用と機器費用で1000㌦ほど必要とされるが、これは庶民層4人家族が2年ほど食べていける金額という。
ともに、北韓社会の格差拡大とタガの緩みを示す。携帯電話の再開は特に、都市部の上流階級、中でも党・軍の幹部、国策貿易会社の幹部らの意向が圧力として反映していると見られ、通話内容の傍受が前提とは言え、さすがの北韓でも情報化が不可避であることを物語っている。
こうした変化や動きに着目したい。指導部中枢の「改革・開放すれば体制崩壊を招く」という認識に対し、中堅幹部層を中心に「改革・開放せねば体制崩壊を招く」との考えが広がっており、その一端が経済活動にも屈折して現れている。隣の中国が改革・開放を成功させ、経済的な躍進を続けていることが大きな刺激にならないはずがない。
中堅層の欲求いつの日動く
「南風」であれ「中国風」であれ、外からの影響は民衆に直接的には作用しにくい。これはふつう、新たな価値観を持つ少数の知識人をつくり出すかあるいは、新たな価値観を表現できる知識人に体制への疑義を抱かせることによって作用すると言われる。エリート予備軍や、不遇をかこつエリート層を中心に変化が始まったのだろう。
地下市場経済に放り出された民衆は、生きていくがために市場経済に臨む準備はできていると見ていい。目を背けているのは特権的な権力集団だけだ。内部で議論を十分に行い、衆知を集めるシステムは作動していないが、民衆の実情に即した中堅層の改革・開放への欲求は、そのシステムを停止状態にいつまでもとどめてはおくまい。北韓社会の底流には巨大な変化が起きている。
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傍観する時は過ぎた
無批判追従に決別を…シンパ知識人の孤立化も
北韓の平和的な政策転換が可能として、それまでに在日同胞が抱えるリスクは余りに大きい。私たちは傍観するわけにはいかないはずだ。
北韓の現状については、在日同胞の責任も大きい。朝総連に連なる同胞で、そう自覚する人はけっこういる。独裁は独裁者一人ではなし得ない。独裁者に追随・奉仕して利益を得ようとする者たちの存在を前提とする。前提となる者たちが在日社会にも、かつては多かったし、現在も少なくないということだ。
大阪府の橋下知事が北韓がミサイル発射を強行したことに関連して、在日朝鮮人の方々も祖国に対し批判の声を上げて欲しい旨の発言をした。日本人から痛いところを衝かれ、恥ずかしく思った同胞も少なくないだろう。そのことに関連しても、「金正日独白録」に興味深い記述がある。
「今回、許宗萬責任副議長が祖国に帰ると、(朝銀問題などの責任を取らされて)抑留され、二度と日本へは戻れない(粛清される)という噂が日本国内で広まった。実際、祖国を訪問した総連同胞たちからも、許同務を処分すべきだという提起があった」
金委員長の庇護が厚い許責任副議長は、それをいいことに傲慢で、失敗の責任を取らないとして、朝総連の同胞たちからは怨嗟の的になっている。金委員長は粛清の噂について、「敵どもが総連を壊滅させる目的ででっち上げ、言いふらした虚言に過ぎない」として、責任副議長を積極的に擁護した。
この責任副議長に対する批判は、金委員長の耳に直接入ったわけではなく、労働党の統一戦線事業部の朝総連担当部署を通じて上げられたものと推測されている。ここで重要なのは、金委員長の庇護を受ける責任副議長に対しても、朝総連同胞たちが批判の声を上げ、それがまがりなりにも金委員長に届いている事実だ。
独裁体制への朝総連の対応
「独白録」で金委員長は、「帰国同胞」に対する差別問題にも触れ、「彼らの些細な過失を大仰にしてはいけない。誰が起こしても不良行動は問題なのに、帰国者だけを差別するから、彼らは自分たちを『移住民』、祖国の人を『原住民』と呼んだりするのだ」と語り、本心はともかく朝総連同胞に「配慮」の姿勢を示している。
北韓の独裁体制を支える上で、朝総連の果たした役割は大きい。一つは、日本人や民団系を含む在日同胞を親北・従北にさせる「群衆政治事業」を「うまくやった」(金委員長)ことだ。もう一つは莫大な資金と先端科学技術の提供である。個々人が忠誠心の証として競って巨額の誠金を差し出したのをはじめ、旧朝銀信組を操作しての不正送金、合弁事業への投資、系列商社による対日輸入決裁金の肩代わり、「帰国家族」への送金など膨大な金額を注ぎ込んできた。
かつての勢いがなくなり、地位が相対的に低下したとはいえ、国際社会で孤立する北韓にとって、朝総連の存在はいまだに重要である。朝総連同胞たちがこぞって声を上げれば、決して効果がないわけではない。大きな声を上げ、届け続けることだ。
全同胞的に取り組むべき課題もある。韓半島の統一問題を美しく語りながら、北韓の暴挙については論評しないか喧嘩両成敗式に論じ、韓国や日本の対北政策については北韓の立場から非難する同胞や日本人の一部知識人、「韓国」を冠して北韓権力に同調し奉仕し続ける韓統連のようなダミー組織を容認しないこと、孤立させることである。
元東大教授の和田春樹氏は朝総連の機関紙・朝鮮新報(4月10日付)に「宇宙開発高まる期待、人工衛星光明星2号の成功」と題して掲載した祝辞で、日本が「ミサイル発射だとして強硬に対応している」ことに触れ、「日朝間の国交正常化交渉の枠組がまがりなりにも維持されている環境の中で、好ましくない動きだ。制裁拡大に動くことは冷静な対応とはいえない。政権の人気を回復させようとする意図も感じられる」と述べた。
歴史的罪過を負わぬために
北韓当局の政策に無批判的に追従することで、その過ちを助長してきた知識人の在り様を典型的に示すものだ。かつて北韓について「地上楽園」の幻想を振りまき、在日同胞の進路を大きく誤らせた知識人の系譜を継ぎ、北韓の旗振り・宣伝広告塔の役割を果たすこうした人士の罪は大きい。
NHK記者出身で大学教授、映像ジャーナリスト、演出家として活躍した岡本愛彦氏は、「分断の責任は日本帝国主義にあった。その歴史的責任を考えるなら、日本人と日本国は、南北統一のために率先して努力すべきだ」との立場から、北韓にも強いシンパシーを示してきた。
その岡本氏は晩年、「もう決着はとうについている。本当に人民のための統一を願うのなら、北の指導者は南の指導者に膝を屈するべきだ」と指摘、親北的な立場から決別した。
こうした勇気ある知識人は今後も登場しよう。朝総連同胞にも、今すぐにでも立ち上がらなければ、後悔してもし切れない歴史的な罪過を負うことになりかねないとの自覚を促したい。
(2009.4.29 民団新聞)