掲載日 : [2010-03-10] 照会数 : 10298
<地方参政権>看過できぬ安保阻害論
[ 「地方参政権を」と訴える声を阻む壁はまだ厚い ]
反対論こそ日本の未来脅かす
永住外国人に地方選挙権を付与する問題ははからずも、日本人社会の意識を攪拌(かくはん)し、一部に根強い外国人への嫌悪感情を灰汁(あく)のように浮かび上がらせている。反対論の多くの論点は、その感情を「まともな論理」に変換したつもりの代物に過ぎない。「安保政策が歪められる恐れがある」といった理屈がその典型だろう。この刃は永住外国人を切り捨てるだけにとどまるものではない。日本社会は体内に、自らの将来にとって危険因子を抱えていることを自覚すべきときにあるのではないか。
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異様性際立つ「読売」社説
永住者は「御庭番」か
国民の危機感露骨にあおる
「外国人地方参政権付与法制化に反対する意見書を国会に提出することを求める陳情」が各地方議会に提出されている。その「陳情の要旨」にはこう記されている。
「我が国には、永住権を持つ外国人が約91万人生活しており、地方政治といえども国政に密接に関係しており、特に地方選挙では数百票で当落が決定するため、その影響力は計り知れなく、教育・治安・安全保障等重要な役割を担っている地方自治を左右しかねない危険性がある」
付与法案の中身によって、選挙権行使が可能な永住外国人の数は異なってくる。20歳以上の永住外国人数を仮に80万人としても、日本人の総有権者数1億500万人のわずか0・76%である。ルーペを使わなければ見えないほどの微細な存在に過ぎない。これをまず念頭におくべきだろう。
前述の陳情書は地方議会議長宛だけに、内容は簡略で文言はソフトに装われている。だが、メディアなどで振りまかれる反対派の主張はもっと突っ込んだものであり、荒唐無稽な理屈をもって国民的な危機感を煽ろうとする意図の露骨なものが多い。
「先の沖縄県名護市長選のように外交・安全保障政策と一体である米軍基地問題が、選挙の争点になるケースもある。このため、北朝鮮や韓国、中国などが永住外国人を通じ、選挙で影響力を行使することを警戒する声は強い。/与那国島は、直近の町議選の当選ラインが139票だ。特定の政治勢力が町議会を通じて陸自配備への反対運動を盛り上げようと、永住中国人を大量に集団移住させれば、反対派の町議を簡単に当選させることができる。/一町議選であっても、安保政策が歪められる恐れがある」
この読売新聞2月1日付社説の異様性は際立っている。第一に、永住外国人を母国の指令で一糸乱れずに動く存在であるかのように見なした。第二に、安保政策を歪めようとする「特定の政治勢力」による永住外国人の大量集団移住の可能性に言及した。
歪んだままに肥大する想像
選挙権付与問題に対する発想が貧困過ぎるがゆえに、常識によるチェックも働かず、想像が歪んだまま肥大している。この不可分な二つの論点は、反対派が好んで口にする「選挙権が欲しいなら帰化すればいい」という論法と照らし合わせると、その異様性がはっきりしてくる。
帰化の要件は①引き続き5年以上日本に住所を有すること②20歳以上で本国法によって能力を有すること③素行が善良であること④自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によって生計を営むことができること⑤国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によってその国籍を失うべきこと⑥日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと‐が骨子になっている。
ここで、永住権と帰化の取得要件を比較しておく必要があろう。結論から言って、⑤の国籍離脱に関することを除外すれば、永住権と帰化の取得要件の間に大きな違いはない。
安保関連では帰化要件の⑥のような明確な規定はないものの、「法律を遵守し日常生活においても住民として社会的に非難されることのない生活を営んでいること」とあるほか、「罰金刑や懲役刑を受けていないこと」、「我が国への貢献」(その者の永住が日本国の利益に合すること)が求められていることなどから、⑥の要件を実質上充足させている。
帰化との違い国籍要件のみ
日本国民の多くは「国民」という安定した資格を先天的に獲得する。もちろん、国民として「有害」か「有益」かを問われない。しかし、帰化によって国民資格を後天的に得ようと思えば、前述の相当な要件を満たす必要がある。永住権者はそれに準じる存在であり、なおかつ「有益」と認定された存在であることを忘れてはならない。
永住外国人が帰化者を含む日本国民と異なるのは、国籍のみである。実質上は薄皮一枚の違いしかないのになぜ、永住外国人は母国もしくは「特定の政治勢力」の指令によって集団的に動く存在と見なされるのか。
日本で有名な間諜・工作員の組織と言えば、徳川第8代将軍時代に設けられた御庭番(公儀隠密)であろう。問題の社説は、時代劇で脚色されたその姿に影響されているのかも知れない。永住外国人の多くは母国に絶対忠誠心を持ち、母国の指示で動く御庭番かあるいは長年にわたり地元に溶け込んで御庭番を助ける「草」であるかのように見たがっているからだ。
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荒唐無稽な「集団移住」
「過疎地の選挙を左右」だ? 悪意増幅さす愚論
さて、直近の町議選の当選ラインが139票だったという与那国島のことである。日本最西端の自治体で、人口は戦後の一時期1万2000人を数えたこともあったが、現在は1700人を切っており、人口減少に悩む典型的な過疎地域だ。陸上自衛隊の招致に熱心なことで知られる。ここで少々、「読売」の社説に合わせて仮定の話をしておくのも悪くあるまい。
永住権を持つ韓国人一家が最近、憧れの与那国島で民宿を経営する夢を実現するため移住する決意をした。「豊かな自然・風土に囲まれて、子どもたちもすくすく育つだろう。堪能な韓国語を活かせば、韓国からも観光客を呼べるのではないか。自分たちの思いが地域の観光振興にも結びつけばこんなに嬉しいことはない」。夢は大きく膨らんでいた。
「仮定の話」にひそむ危険性
しかし、この一家の決意は民宿の購入契約の直前で無残に打ち砕かれた。さる筋から妨害が入ったのだ。「お前は選挙権がもらえることを前提に、永住外国人をここに大量移住させるための先遣隊だろう? 民宿はその隠れ蓑だ。数十人が住民になりすまして住めそうじゃないか。目的は分かっている。この島の再生をかけた自衛隊招致に反対する候補を、今度の町議選で当選させるためだ。出て行け!」
「読売」の社説は、こうした事態を「仮定の話」として済ませない。この社説がまさにその「さる筋」であることはもちろん、「さる筋」のような日本人をあちこちで増殖させかねないからだ。そうでなくとも悪意は、特に外国人に対するそれは、至る所でとぐろを巻いている。これを大新聞が煽っていいものか。
永住権者が与那国島に集団移住し、問題社説が懸念するような状態にまで至るには、どれほどの計画性と資金、そして自己犠牲が要求されるか、容易に想像がついてしかるべきであろう。
「高度」な訓練を受けた秘密工作員も耐えられまい。なぜなら、華々しい活躍とは無縁の、たった一人1票のために人生を投げる理不尽さを甘受する愚昧さが要求されるからだ。
そして、「目的達成のためには手段を選ばず」の鉄則に従えば、帰化したほうが早道なのになぜ、誤解や論難が多く監視の対象になりやすい永住外国人の立場にこだわらなければならないのか、といった最大の疑問点を無条件で飲み込まねばならない。
永住権資格は健全生活の証
永住許可取得要件には「原則として引き続き10年以上本邦に在留していること。ただし、この期間のうち、就労資格又は居住資格をもって引き続き5年以上在留していることを要する」とある。しかも、「独立生計を営むに足る資産又は技能」を有し、「納税義務等公的義務を履行」しなければならない。
永住権者はこのように、日本人と同等かそれ以上に健全な社会生活を営んでこなければならないのだ。しかも、その社会生活の基盤はいつでも捨て去るくらいの覚悟を持っていなければならない。本国の指示によってただちに、1票を投じるために指定された地域に移住する任務があるからだ。家族持ちには大変な苦労がつきまとう。
本国の指示によって移住先と集団移住者の人数が150人と決まったとしよう。これに対応する組織が普段から稼働し、必要経費は本国が手当てするとも仮定しよう。しかし、過疎地での住居の確保はそう簡単ではない。特別永住者でも賃貸住宅でさえ確保が難しい場合がまだある。
あれやこれやの難関をクリアできたうえに、自分たちの意に沿う町議候補者がたまたまいて、その人物を当選させたとしよう。アフターケアもまた大変だ。支援した町議が心変わりをしないよう監視し、初志を貫徹するよう支え続けるために、その地で健全な社会生活を継続しなければならないからだ。はて、それで何が変わるのだろうか。
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建前だけの民意尊重
基本的自由さえ侵す
地方自治は国民の代表である国会、つまり国権の最高機関が定めた法律の下で運営される。しかも、安保政策は専ら国が司る事項である。たかだか「一町議選で安保政策を歪める」ために、どれほどの代価を支払わなければならないのか。労多くして効果のないこの種の工作より、帰化者を含む日本人を包摂して集団移住させるか、世論喚起や外交圧力など伝統的な手法を駆使したほうがはるかに効果的であろう。
日本にはかつて、「特定の政治勢力」もしくはそれに準じる勢力が地方議員選挙を有利に進めるために、支持者を集団移住させたことがあったという。しかしこれも、支持者やシンパを増やす本来の日常活動に比べれば効果がなく、むしろ自らの日常の活動力を骨抜きにするものとして批判の対象になったのではなかったか。日本の選挙史上においても、集団移住しての投票など愚の骨頂と総括されているはずだ。
軍事基地の移転・新設問題では、韓国を含むほとんどの国で反対・賛成の激しい葛藤がつきまとう。「読売」の社説が持ち出した名護市長選挙では、「辺野古の海にも陸上にも新しい基地は造らせない」と訴え、米軍普天間飛行場移設反対を唱えた候補が当選した。これは、当該有権者の意思の反映である。
問題社説は民意がいかに表出されようと、日本国籍の有権者のものであればOK、永住外国人が関与するものであればNO、と言っているようでありながら、本心は別なところにある。「国民主権」の建前や形ではなく、あくまで安保政策に影響を与える実質的な効果のことを問題にしているからだ。永住外国人への選挙権付与に反対しつつ、この問題にかこつけて永住外国人と「特定の政治勢力」を結びつけ、自分たちの考える安保政策に異を唱える者は許せないと言っているにほかならない。
「読売」の社説を言うに事欠いた滑稽譚と決めつけるのは、その先に準備されている落とし穴、つまり思想信条・居住移転の自由を侵害する危険性から目をそらさせることになる。そして、永住外国人の立場のまま、地方選挙権を行使したいという願い、ルーツとアイデンティティを大切にしながら住民の一員として生活し、隣人・仲間として地域社会の発展に貢献したいとする意思を、土足で踏みにじらせることになる。日本社会はそのことに早く気づくべきだ。
(2010.3.10 民団新聞)