掲載日 : [2010-06-09] 照会数 : 10794
フラッシュ同胞企業人<50>常時50カ所で足場組み
[ 1967年横浜市生まれ。神奈川大学(夜間部)中退。92年清水組設立、99年(株)建翔に社名変更。1男1女。 ]
とび土工工事専門
建翔(けんしょう)の金泰孝社長
建設現場の高所での作業を専門とする職人を「鳶(とび)職」と呼ぶ。そのとび・足場工事を主体に、解体工事や産業廃棄物収集運搬なども行う。
現場詰めの20代
「材工を備えた足場工事がメインで、全体の6〜7割を占める。ビル・マンションのペンキ塗り替えやタイル貼り替えの際の足場も手がける」。同胞の土木・解体・産廃業者は多いが、「足場工事だけを専門にするのはほかにいないのでは」。
作業現場は常時50カ所ほど抱え、このうち1日に10〜15カ所が稼働する。「このくらいの現場を抱えていないと、常時100人余の作業員を動かせない。日々営業だ」。社員は約30人、昨年の売上額は約8億円。
横浜育ち。高校から定時制に通いながら、昼間は建設会社のとび職として働いた。17歳から10年間勤務したあと独立し、1992年に清水組を設立。「スタート時はわずか3人だけ。鉄骨の組み立て工事が主な仕事だった」
幸いにも、横浜国際会議場の鉄骨工事を任された。「まとまった仕事が入るようになった」ので法人化し、94年に(有)建翔、99年に(株)建翔にそれぞれ社名変更した。
いまひとつ忘れられない工事が、東武東上線「北千住」駅の増築。電車を立体交差させるため2階を建設するもので、突貫工事の連続。作業員を交代で送り迎えしながら、ずっと現場に詰めたままの日々が続いた。「家に帰ったのは盆と正月だけ。現場で仮眠する毎日。必死だった。若いからできた」
足場の材料は一般に元請けの方で準備することが多かったが、バブルがはじけたころから、資材も提供してくれないかとの要望が増えた。そのようなニーズに応えようと、2006年に資材センターを横浜市泉区に開設した。
「いち早く転換したのが功を奏し、業績が伸びた。資材は劣化するので、メンテナンスが欠かせない。常に新品同様に整備しておくことを心がけている」
創業以来、「PRIDE」をキャッチフレーズに、安全衛生管理を心がけてきた。プロフェッショナル(プロ意識)・リセット(意識改革)・イメージ(想像力)・ディフェンス(災害防止)・エネルギー(活気)の頭文字を取った。
常にプロ意識で
「仕事を行う過程で常にプロ意識をもつことが大切。プロとは、一般の人が見てても、安全・安心な仕事ができる人。高所で足場を組んでいるときでも、安心感を抱かせるのがプロのとび職だ」
毎月1回、ホールを借りて全社員で災害防止協議会を開いている。「末端の職人にまで安全意識を伝達するには、全員で会議をするのが一番。事故を未然に防ぐためにも、継続が大事」
現場ではさまざまな資格が必要だ。「希望者にはどんどん資格を取らせている。私も20種類ほどは持っている」。将来は、「無理に背伸びをせず、足場・とび工事を専門に県下で一番が目標」。
18歳を過ぎてから、韓国青年会に出始めた。「日本の友人とは違うものを感じた」。支部の会長を務め、現在は神奈川青商の副会長。来年の青商30周年を会長として迎える予定だ。
◆(株)建翔=横浜市中区松影町3‐9‐3(℡045・664・0757)
(2010.6.9 民団新聞)