掲載日 : [2010-08-25] 照会数 : 6134
<民論団論>北韓「アリラン公演」
芸術を騙った人権蹂躙の舞台
金哲雄 脱北者・ピアニスト
天安艦爆沈事件によって南北関係が極度に緊張しているなか、北韓は2日、朝鮮中央通信を通じて、今年度のアリラン公演が平壌5・1競技場で開幕したと伝えた。10月15日まで継続する予定という。
アリラン公演は02年、金日成の90回生日を記念するために製作され、今年で6回目を数える。この間、6万5000人内外の外国人たちが観覧し、これを通じて北韓は、年間1000万㌦ほどの外貨を稼いできた。特に今年は、公演内容に「朝・中親善」を強調する場面を新たに追加し、中国語表記を設けるなど、最大の顧客である中国人観光客の関心を引くことに血眼になっている。
私は平壌国立交響楽団時代の経験と、北韓を脱出した人々の証言をもとに、この公演の舞台裏で行われている青少年とオリニ(児童)たちに対する人権蹂躙の実態と、集団動員の過酷さについて全世界の良心に訴えるべくこの文を書いた。
常識的に考えるだけでは、10万余人が登場する大規模公演で、一寸の誤差もないカードセクションと一つの身体のように動く集団体操を準備するために、どれくらい多くの時間を練習に割くのか想像もつかないと思う。
毎日20時間特訓
アリラン公演に動員される青少年とオリニたちは通常、明け方4時から翌日の午前1時〜2時まで、1日20時間余の猛訓練を一日も欠かすことなく反復する。砂糖とパン少々の食事が多いため、夕方になると空腹感が襲ってくるが、水で紛らわすのが当たり前になっている。
動作が上手くできない子どもたちは拳骨や棍棒で殴られる。練習途中にトイレにも行けないようにしているために、膀胱炎や排尿障害になったり、座った席で排尿する子どもたちもいる始末だ。
また、生理中であるとか過体重の女学生に対して、公演で男子学生が持ち上げる動作に支障が出るとの理由で、避妊薬を強制で服用させ、食事量を制限するなどの行為を何のためらいもなく行っている。最近では、蒸し暑さのなかでの無理な練習によって、鼻血を出すのは珍しくなく、1日に数十人ずつが卒倒しているという。
合わせて、無理な動作を限りなく反復練習するため、骨に異常を来たしたり、靱帯が損傷するケースが頻繁に起きる。だからと言って、公演から外すことができず、簡単な応急措置だけで練習を再び強いられる。
10万人の学生たちが6カ月間練習し、2カ月間も本公演をするために、行事に動員された学生たちは、正常な授業を受けることができず、卒業班の学生たちは卒業も延期されるあり様だ。最近では夜遅くに帰ったまま、失踪する学生も増える傾向だという。
練習中の落命も
平壌出身のある脱北者は、「カードセクション部門に参加した学生が、練習のさなかに盲腸が破裂したのに、その場で適切な応急措置をしてもらえないまま、命を失った」と言い、「北韓当局がこの件でとった処置は、死んだ学生に《金日成青年栄誉賞》をやっただけだった」と嘆いた。父母の心情はいかばかりか想像にあまる。
北韓は強制動員した出演者たちに、かつては一部に限りテレビやミシン、毛布などを与えたりしたが、最近では国際社会の対北制裁強化や深刻な経済難などで、《公演参加証》という紙一枚を配るだけだという。日本の産経新聞もさる8月4日付で、北韓が昨年のアリラン公演に動員した住民たちに、出演料として砂糖2袋だけを支給したと北韓消息通を引用して報道したことがある。
北韓の現実をあまりにもよく知る私たち脱北者の立場では、北韓のオリニたちの血と汗が染みついたアリラン公演に、80〜300ユーロに達する高額の入場料を払って観覧し、金正日の腹を満たしてやる人たちが存在することを理解できない。
北韓当局は金儲けに血眼になって、平壌市民とオリニたちを10年近くも正当な報酬なくアリラン公演に動員してきた。そこで稼いだ外貨は住民生活に回ることなく、すべてが金正日一家の豪華な生活を支え、核兵器・ミサイルなど大量兵器を開発するための資金に使われている。
北韓当局は青少年の人権を踏みにじり、独裁者の懐を肥やす破廉恥な公演を速やかに中止し、学生たちを学校に帰さなければならない。また、世界のすべての良識人たち、世界のすべてのアボジ・オモニたちは、芸術創作を騙って行われている「現代版奴隷公演」を即刻中断させるべく、北韓当局に嵐のようなブーイングを浴びせることを心底から求めたい。
■□
プロフィール
キム・チョルン 74年8月15日平壌市生まれ。平壌音楽舞踊大学卒(在学中、ロシアのチャイコフスキー国立音楽院留学)。平壌国立交響楽団首席ピアニスト。01年脱北、02年韓国入り。百済芸術大学校音楽科外来教授。
(2010.8.25 民団新聞)