掲載日 : [2010-09-08] 照会数 : 6513
<布帳馬車>宝のような話にびっくり!
先日、久しぶりに母が1泊の予定でわが家に遊びに来た。朝食時の雑談中、民団新聞の光復節特集号に話は及んだ。
母 「今回の新聞は面白かったね」
私 「どの頁が1番、面白かった?」
母 「全部だよ。隅から隅まで読んだ。でも、難しい漢字は分からないから、飛ばしながらだけどね」
私 「うん、それでいいよ。難しい漢字の分からないハラボジやハルモニはたくさんいるから、心配しないで。読めるとこだけでいいよ」
母 「でも、みんな(民団新聞の記者のこと)良く、勉強してるんだね。崔承喜のことも出てたから驚いた」
母は80歳を超える。実は、すでに亡くなった母の姉(イモ)が若い頃、崔承喜ファンだったということをこの時、初めて知った。今、イモが生きていれば90歳を超える。崔承喜も生存していたなら99歳。わずかな年の差はあるものの、同時代を生きたことになる。
母は崔承喜の話を皮切りに、これまで私が聞いたこともない話をし出した。植民地時代、母の父方の親戚に当時、有名な詩人がいたこと。画家である上の兄が学校で教えていたとき、路上で、共産主義にかぶれた一派に捕まって殺されそうになった。そのとき、一派の中の一人が「撃たないで!自分の先生だ」と訴えたことで命拾いしたという。正直、驚いた。
いつも笑顔で迎えてくれた伯父にそんな過去があったとは。母の話は続いた。どの話も身を乗り出して聞いた。必死にメモを取った。私にとってはまるで宝のような話だった。今度は録音機を持って、じっくり話を聞くつもりでいる。(M)
(2010.9.8 民団新聞)