掲載日 : [2010-10-06] 照会数 : 7130
世襲期=北韓の墓穴掘る 天安艦事件陰謀説の流布
[ 引き揚げられた天安艦(艦尾) ] [ 天安艦撃沈事件以後、続く韓米合同演習 ]
北韓は9月28日、朝鮮労働党代表者会と中央委員全員会議を開き、3代目への権力世襲作業をほぼ公然化させ、それに対応すべく新指導部を選出した。金日成から金正日への世襲とは違い、追い込まれたがゆえの作業前倒しであることは明らかだ。北韓独裁体制は中枢部においても、不安定な流動期に入った。
そのような北韓の焦眉の課題は、韓国海軍哨戒艦・天安の撃沈事件(3月26日)で険悪化した対南関係を改善し、米国などへの外交政策の選択肢を確保して、制裁解除と大型の人道支援を引き出すことにある。しかし、韓国に人道支援や金剛山観光事業の再開を要請し、離散家族再会事業を提案するなど対話攻勢に出る一方で、天安艦事件を韓国政府の捏造・陰謀とするプロパガンダに躍起になっている。
韓国と国際社会との協調にヒビを入れ、韓国国内に揺さぶりをかけることで、対北支援再開への圧力をかける狙いは明白だ。だが、韓国は北韓が事件について誠実な態度を見せるまでは動かず、米国も韓国の了解なしに北韓との対話に応じる意思はない。
10年にわたった太陽政策で甘い汁を吸った北韓指導部は、韓国の支援に対する依存度を飛躍的に高めた。北韓が国家機関や追従勢力を動員して捏造・陰謀説を内外に喧伝することは、南北関係を膠着させ、自己をよりいっそう窮地に追い込むことになる。
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南北関係を決定的に制約
「解決」の選択肢奪い 揺さぶり効果薄い対話攻勢
天安艦事件で捏造・陰謀説を押し立て、制裁には制裁で応じ、全面戦争も辞さないと恫喝してきた北韓は、9月30日に板門店で開かれた2年ぶりの南北軍事実務会談で、「調査結果は認められない」として、北韓の検閲団を受け入れるよう改めて迫った。韓国側が謝罪と責任者の処罰、再発防止策を求めたのに対するそれが答えだった。
卑劣な闇討ち科学的に立証
同じ30日、東京では朝総連が海外従北勢力の代表的な人物を講師に招き、「奇想天外なでっち上げによって、東北アジアを一触即発の軍事対決の場に変えた事件だ」と強弁する集会(別掲記事参照)を持った。韓国内でも従北・親北勢力による同様の動きが続いている。
哨戒艦・天安の船体を真っ二つにしての沈没が、北韓の潜水艦艇から発射された重魚雷によるものと断定されたのは、事件海域の底を根こそぎ浚うようにして収集した物証、事件前後の北韓軍の動向などを多国籍の軍民専門家集団が科学的かつ客観的に調査・分析した結果である。
この攻撃は言うまでもなく、通常の哨戒活動をとっていた艦艇への卑劣な闇討ちだ。交戦状態下で発生したものでも、偶発的な衝突からエスカレートしたものでもない。一部の過剰忠誠分子による独断専行でもなく、北韓正規軍の高度な判断と指揮系統のもとに入念に準備された。
しかし、合同調査団の最終報告書が発表(9月13日)された後も、捏造説や陰謀論が消えない。もっとも、約3000人の犠牲者を出した9・11同時多発テロでもそうであるように、インパクトの大きいこの種の事件には陰謀説がつきまとうのも事実だろう。
とは言え、興味本位に陰謀論を流布することでさえ、事件の真相や悲惨さを覆い隠し、加害者を擁護・正当化する行為として、応分の責任が問われる。まして、天安艦を撃沈した当事者が、捏造・陰謀説を組織的に再生産する醜態ほど救い難いものはない。
天安艦事件は、現在の南北関係を決定的に制約している。韓国政府は、北韓への大規模な人道的支援や制裁の一部解除、6者会談の再開のためには、天安艦事件に対する北韓の謝罪を前提とする立場を崩していない。米国も、北韓との対話は韓国を通さねばならないとの原則を堅固にしている。
責任者更迭?根拠弱い観測
もちろん、北韓が犯行を素直に認めるとは考えにくい。1・21青瓦台襲撃ゲリラ事件(68年)で、金日成が「極左妄動分子たちの仕業」と認めたのは例外だろう。実行犯が逮捕され、関係国によって真相が明らかにされたにもかかわらず、アウンサン廟爆殺事件(83年)や大韓航空機爆破事件(87年)の犯行を未だに認めず、従北勢力をして自作自演説を唱えさせている。
北韓が28日に開いた党代表者会と中央委員全員会議で、新指導部を選出した際、実力者である呉克烈国防副委員長が要職から排除されたことから、天安艦事件の責任を負わされた、との観測も一部で流れた。だが、事件の実務責任者と目される金英徹・人民武力部偵察総局長と鄭明道・海軍司令官が党中央軍事委員会に名を連ねる昇格を果たしたことで、その観測は根拠を弱めている。
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日本人拉致で謝罪の前例
総連は教訓に学べ 再び裏切りに合うのは必然
韓国はこの間、米5000㌧を含む100億ウォン相当の緊急人道支援を表明、軍事実務会談や離散家族再会事業の実務接触にも応じている。そこには明確に、人道問題の進展や南北当局者の接触はいずれ天安艦問題の論議につながり、何らかの態度変化を引き出せるとの判断、引き出さねばならないとの意思がある。
韓国政府は北韓の体質を勘案し、天安艦事件の責任を認め、明確に謝罪するレベルに固執せず、より柔軟に対応する構えだ。北韓側が遠回しな表現であれ、事件に対する誠意ある姿勢を見せれば、これを謝罪と見なして事態の打開を図る可能性は少なくない。
遠のく一方の6者会談再開
このような条件下で、陰謀論をばら撒く北韓指導部と従北勢力は、自身がはまることになる落とし穴を自分で掘り続けていることに気づくべきだろう。陰謀論を広げれば広げるほど、自身の対南・外交政策カードに手枷足枷をはめ、北韓が望む大規模な人道的支援や6者会談再開の道は遠のくほかないからだ。
合わせて、陰謀論流布の片棒を担ぐ従北勢力に対しては、惨めな結果が待っていると警告しておくべきだろう。北韓・平壌政権は、韓国国内や海外にいる自分たちの《友軍》を平然と危機に追いやることを知っておいたほうがいい。
金正日は2002年の朝・日首脳会談で、日本人拉致の事実を認め、公式に謝罪し、再発防止を約束した。その後、拉致被害者の生存確認や帰還に誠意を見せないまま、問題はすべて解決したと今も強弁している。北韓の言い分を信じ、拉致事件は存在しない、事実無根と主張してきた朝総連は、幹部たちまでがすさまじい衝撃と恥辱を味わい、組織も大きな打撃を受けた。
朝総連幹部はよもや、そのことを忘れたわけではあるまい。天安艦事件で陰謀論を唱える人たちは遠からず、間違いなく同じ思いを強いられる。
アウンサン事件・大韓航空機事件の二つは、80年10月の第6次党大会で、金正日が後継者として公式化されて以降の凶行だ。当時すでに、後継者(金正日)の指導体系は首領(金日成)の唯一指導体系と一体とされ、「後継者による唯一管理制」の下で金正日が実権を握っていた。
金日成は1・21ゲリラ事件で一定の責任を認めたが、先代に比べカリスマ性のない金正日は、指導者として硬直しており、自身の責任による凶行を決して認めまい。だが、主として先代の実権支配下で行われた日本人拉致については謝罪した。これと同様、3代目が何らかの信号を発する可能性も排除できない。
天安艦事件を対南関係改善の大きな障害として残したまま、かつてなく制裁が強化される中で、北韓は3代目への世襲作業を本格化させざるを得なくなっており、体制が不安定さを増す権力移行期に入った。3代目のアクションを待たずに、内部の抗争過程で真相を明らかにする突発事態の発生も十分考えられる。
北韓はこの間、とくに金大中・盧武鉉両政府の10年間で、外部からの援助、なかでも韓国の援助に対する依存度を飛躍的に高めてきた。最大の支援国である中国でも、韓国が抜けた穴を全的に埋めるつもりはない。金正日の今年5月と8月の2回にわたる対中物乞い外交で、見るべき成果がなかったのがその証だ。
中国の庇護は圧力とセット
北韓は天安艦事件以降、それまではプライドが許さなかった範囲にまで踏み込んで、対中傾斜を強めた。韓・米=朝・中の対決を煽り、その対決構図の中で中国の厚い庇護を受けたいとの狙いが赤裸々だ。しかし、韓米の合同軍事演習や日本の尖閣諸島沖での中国漁船拿捕でこそ、中国は超強硬な姿勢を見せたものの、それは北韓を庇護するためのものでもなければ、いつまでも続けるつもりのものでもない。
胡錦濤国家主席は、党代表者会に際しておくった祝電や今月2日の北韓党代表者団との会談で、「新たな中央指導集団の導きの下、(中略)新たな成果を収めることができると信じている」「さらに人民に幸せをもたらせるように努力しよう」「地域や国際的な事柄でも意思の疎通と協調を強化し、平和と安定の維持にともに努力したい」と述べた。
中国はむしろ、「集団指導体制」に近い形態が整ったとしてこれを歓迎している気配を見せ、再びの軍事挑発を牽制しつつ、民生重視の改革開放へ圧力を強める可能性を濃厚に示した。
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改善努力に決定的背信
北韓は過去、青瓦台ゲリラ事件(68年)、アウンサン廟爆殺事件(83年)、大韓航空機爆破事件(87年)など、政府要人や一般市民を犠牲にするテロを繰り返してきた。そして必ず、韓国政府の自作自演説などの陰謀論を流して追い討ちをかけた。
それが北韓の体質・路線だからと言って、天安艦事件を過去の凶行と同列におくわけにはいかない。この事件は、南北関係が敵対一辺倒とも言えた80年代までのそれとは、著しく次元を異にする。
90年代に入って韓国は、今日もなお極めて重要な意味を持つ「南北基本合意書」・「韓半島非核化共同宣言」(ともに92年2月発効)の締結を主導し、何回かの中断を挟んで交流・協力を重ね、金大中・盧武鉉両政府の10年間には最低でも総額5兆ウォンを超える莫大な支援を敢行した。
しかし、太陽政策による北への膨大な支援はことごとく「先軍政治」に吸収され、核兵器など大量殺戮兵器の開発という脅威の増大となって返ってきた。国際社会は制裁の網を広げ、中国を除く外部からの援助は緊急人道支援に限定され、武器輸出など外貨稼ぎの方途が寸断されたほか、海外資産が次々に凍結された。
それでも、韓国や関連諸国は6者会談を中心に、北韓の核開発問題の軟着陸を模索し、経済・民生の向上を可能にする方途を提示してきた。自ら選択肢を狭めてきた北韓は、天安艦事件を引き起こすことで、こうした韓国側の関係改善への努力に、最高度の悪意をもって決定的に背信したのである。
しかし、北韓が天安艦事件で誠実な姿勢を見せれば、食糧支援や6者会談の再開問題は前向きに動き出す。こうした状況を阻害しているのは、天安艦事件を韓国側の捏造・陰謀とするプロパガンダだ。朝総連もまた、その一翼を担っている。
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片棒をかつぐ朝総連
朝総連は10・4南北共同宣言発表3周年記念と銘打って、中国・精華大学新聞放送大学院の招聘教授である鄭己烈氏を講師に、東京(9月30日)、大阪(10月1日)、愛知(同2日)で講演会を開いた。
テーマには「6・15共同宣言」と「10・4宣言」の「歴史的意義」の再確認、南北・朝中・朝米関係の現状と「自主統一の展望」などが盛り込まれたが、その核心は、韓国海軍の哨戒艦・天安の撃沈事件を、韓国政府の前代未聞の謀略捏造劇だと喧伝することにあった。
講師の鄭教授(94年に米国市民権を取得)は、89年以降、40数回にわたって平壌を往復した人物で、北韓の指示によって動く在米従北勢力の代表的な存在だ。06年から北京に滞在してきたが、最近は長期滞在旅券を取得し、中国当局や韓国人留学生などを対象にした工作活動に従事しているとされる。
鄭教授は講演のなかで、「単純な座礁沈没事故であるにもかかわらず、奇想天外なでっちあげによって、東北アジアを一触即発の軍事対決の場に換えた事件だ」とし、「(韓国政府は)自分の謀(はかりごと)に自分がはまった」とも得意げに言い放った。
「10・4記念講演会」と言っても、韓国海軍哨戒艦・天安撃沈事件の「真相と本質」をテーマに韓米両国を誹謗中傷する集会であったのは言うまでもない。東京集会は、2百数十人の参加者の8割ほどが20代から30代で、朝鮮大学生やそのOBが中心だった。見知らぬ参加者には警戒心もあらわに「人定尋問」を行ったほどで、外部への広がりはなかった。
(2010.10.6 民団新聞)