北韓・金正日国防委員長の死亡が発表された12月19日以降、各種情報が乱れ飛んだ。それらは、一昨年の朝鮮労働党代表者会で3代目・金正恩への世襲が公然化されてからこの方、繰り返し流された情報と大差はなく、新味や特異性のあるものはほとんどなかったと言っていい。総連の多くの同胞は、こうした問題に触れたがらず、関心がないふりをしている。浮かび上がったのは、最悪の独裁者の死をもってしても、すぐには大きな変化を起こしようのない、北韓と総連の硬直しきった体制の実体だ。「緊迫の平穏」状態にある北韓はいつ、ほころびを広げ、決壊するのか。
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金正恩新体制の命運
事実上の「寡頭支配」へ…守旧政策固執なら崩壊早める
再起不能な社会
金正日は完全な1人独裁体制と、改革が難しい抑圧的な経済システムを残した。3代目・正恩はこれを使いこなせない、との見方が多い。
中国など外部からの援助なしには明日をも知れぬ弱体な経済は、3代目に時間的な余裕を与えない。「改革開放」へ動こうと動くまいと、暗闘、クーデター、暴動、大量難民など、あらゆる突発事態がいつ起こっても不思議ではない状況にある。どのような化学反応を起こすのか、予断は許さない。
仮に、中国から北韓に輸出されている石油と穀物などの基礎的な物資が供給されなければ、北韓経済は明日にでも破綻に至るだろう。実物経済の深刻さは、一般的な想像を超えている。
朝中貿易の拠点である中国遼寧省丹東市での調査によれば、北韓が輸出する石炭と鉄鉱石などの鉱物資源は最近、その量が減っており、衣類などの製品も品質がかなり劣悪な状態にあるという。
これは、労働者や技術者の意欲が低下し、人材も育成されていないために、産業水準が大幅に低下し、構造化していることを示す。
中国による東北地方の大規模開発計画は、今後さらに10年以上を要する長期計画であり、当初、平壌政権(平壌域内住民を相対的に優遇し、その他の地域の犠牲の上に君臨する権力集団)が期待したような直接的な現金収益を北韓に提供するに至っていない。
本来なら、北韓がその経済体制を「改革・開放」に転換することで、この東北開発の波に乗って活性化することが期待されていた。
金正日はかつて、広東省の経済特区である深圳を視察し、北にもそれとおなじ経済特区を造成しようとしたこともあった。だが、国外から人と情報が流れ込むことで体制がゆるむことを恐れた金正日は、一貫して政策転換に及び腰だった。
「土地の賃貸し」と「労賃のピンはね」だけが、いまだに平壌政権の経済政策である。
現在の北韓は、拡大する地下経済に支えられた一般住民社会と、制度的に疲労した政治的支配体制とに分裂している。金正恩体制が経済を再生するためには、市場経済に依拠して「改革開放」を進めるほかない。
しかし、市場経済は根源的に独裁的体系と対立する概念だ。「3代世襲」の実体化は、「改革開放」の道と鋭く対立することを視野に入れておかねばならない。
金正日は、国家再生のための、また民族統一推進のための、あらゆるチャンスを捨てて権力維持に邁進した。かつて、金大中・盧武鉉政権時代にも、韓国側の善意を悪用して支援の軍事転用を続け、核兵器開発をすすめた。金正日は、「先軍政治」によるその独裁の全期間を通じ、北韓社会を根底的に再起不能に至らしめたのである。
ただし、北韓における本来の意味での「独裁」は、金正日の死をもって終わったと見るべきだ。今後の政治体制は、本質的には「寡頭支配」の形で進行せざるを得まい。スターリン後の3人寡頭体制(旧ソ連)、毛沢東後の4人寡頭体制(中国)の例がある。
北韓メディアが「偉大な領導者」「偉大な継承者」と称えても、金正恩による1人独裁の時代は永遠に訪れようがない。問題は、いわゆる「ファミリー」と新旧の軍幹部たちの角逐によって「寡頭支配」の体制がどのように変化するかである。
急要す政策転換
金正恩新体制は、疲弊した経済と困窮する住民を救うべく政策転換を目指すのか、それとも、それを考える余裕もなく権力の掌握に専念するのだろうか。
中国型の「集団指導体制」へと進化し、権力交替のルールが確立されていくなら、平壌政権の寿命はいくばくか長引くであろう。その場合でも、体制固めに最小限で数年を要するはずであり、改革開放に転換してもかまわない、との確信ができるまでにはさらに時間がかかる。
だが、「3代世襲」をたんなるシンボルにとどめることなく、「独裁」を実質化しようとする動きが金正恩の周辺で強まるなら、優柔不断なまま守旧的政策に固執して核兵器とミサイルにしがみつき、「土地の賃貸し」と「労賃のピンはね」だけで生き延びて行こうとするなら、平壌政権は短期に崩壊への道をたどるほかはない。
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後見人・中国の出方
当面はパイプを拡大…長期の本格支援には限度
対米交渉カード
中国はどうするだろうか。
直接的には、大量難民の流入を防ぐために、北韓の安定化に向けてあらゆる手段を講じようとするだろう。これまで以上の対北支援を準備している可能性もある。
中国にとって北韓は、非生産的な大量援助を常に求めてくる隣国であり、また、その攻撃的な対外政策のために周辺情勢を不安定化させるやっかいな存在である半面、米国と交渉するときの重要なカードであり、ある段階までは関係維持に努めざるを得ない。
だからと言って、中国自身が国内にさまざまな問題を抱えていて、失速した北韓社会2300万人の生活を支えてやるだけの余力はない。結局は安全弁として、金正日時代とは違って細まることが明らかな3代目勢力との中国パイプを太くし、平壌政権をより親中国化していくことにとどまる。
中国は当面、平壌政権の局地的軍事挑発を抑制しながら、細々と北韓体制の維持を図ることになろう。したがって、北韓への中国の影響力が強まることは、短期的には韓半島の軍事的安定につながる効果が付随するはずだ。
念のため、平壌政権に対南全面戦争を遂行するだけの力はないことを確認しておこう。1950年の6・25韓国戦争の時は、ソ連と中国という2つの大国が後押しをした。現在、ロシアも中国と同様、平壌政権の冒険主義的対外政策を抑制しようとしている。平壌政権の対南軍事挑発は自滅の道につながっているのだ。
国際化で価値減
中国にとって、北韓には西側との緩衝地帯として安保上の大きな価値があった。だが、中国経済の国際化とともに、その価値も半減している。平壌政権に対する中国の負担が臨界点に達した場合、つまり北韓社会が何らかの形で崩壊状態に至った場合、中国は北韓問題を国際社会の共同負担にゆだねるものと思われる。
とりあえずは、現在の後見人の立場から、即座の軍事的介入によって事態の鎮静化を図ろうとするとしても、中国には北韓を長期にわたって管理する意思はないであろう。維持費用が高くつきすぎるからだ。
また、国際世論もそれを許さない。結局、国連安保理を通じての事態収集が図られて行くことになる。
その最終段階では、隣国であり同族である韓国が決定的な役割を果たすであろう。まさに「吸収統一」である。
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生き残るためには
韓国と誠実に向き合うべき…「国家連合」視野に
対南関係が決定
しかし、「吸収統一」は、その労力と費用面で望ましいものではない。
李明博大統領は2010年の光復節記念式典で「統一税」の導入論議を開始すべきだとの見解を示した。統一税導入は1991年以降、民間レベルで提起されていたもので、大統領が直接、その必要性に言及したのは初めてだった。
ドイツは統一後、「連帯税」を導入して、《産後の苦しみ》を味わった。過去20年間で2兆ユーロ(約214兆円)を投じたとされる。世界有数の国際競争力を誇ってきた西独と、東欧諸国では最も豊かだった東独との統合であっても、統一後の経済成長率は急落した。
韓国は、ドイツのケースをたどるわけにはいかない。韓国政府によると、統一が平和裏に実現すれば、必要経費は30年間で3220億㌦、北韓の崩壊による場合は、7倍の2兆1400億㌦になるという。体制移行にともなうコストは、30年で5兆㌦との試算もある。
統一時のドイツの全人口8000万人のうち、西と東の人口比は4対1だった。韓国の人口は北韓の2倍強に過ぎない。ドイツでは、世界で最も豊かな西の4人がさほど貧しくない東の1人を抱えれば済んだのに対し、韓半島では、先進国の末席にある南の2人で最貧の北の1人を養わなければならない。
南北統一の潜在的費用は膨大であり、ドイツのような爆発的な再統一は、韓国にとってあくまで選択しにくい方式だ。
財政費用だけが問題なのではない。不信と憎悪が増幅される崩壊した社会を建て直すことは、容易ではない。何より、十分すぎるほど苦しんだ北韓住民の苦痛を想像するとき、こうした事態に至ることは避けられるべきだろう。
しかし、いずれにせよ、これからの北韓の命脈を決定するのは、中国でも米国でも国際社会でもなく、対南関係、南北関係であると見なければならない。
どうしてこういう国になったのかについて、金正日は北韓住民に対する説明責任を果たさずに死んだ。「百戦百勝」の労働党神話はすでに崩れ去り、「2012年強盛大国」の宣伝も、まさに「宣伝」に終わろうとしている。住民に対する「説明責任」は後継権力集団の大きな宿題となった。
住民の信をつなぎとめるために、北韓の後継権力集団に残された道は、まさに「統一」のほかにない。統一のための「捨て石」になることを内外に宣明することのほかにはないはずだ。
北韓を侵し続けた病魔は金正日が持って行ったことにしていい。「民族統一」の名の下で、平壌政権が「先軍政治」とともに核兵器政策を捨て去ることは、立派な大義名分となり得る。
「大義」を優先し
「民族統一」のために、平壌政権が過去の過ちを率直に認めることを、北韓住民は南の人々とともに善意をもって歓迎するであろう。「和解」はそこから始まる。
韓国では盧泰愚政権以来、統一への段階的プロセスとして「国家連合」構想が公論として維持されている。1991年の「南北基本合意書」(南北間の和解と不可侵および交流・協力に関する合意書)の下敷きともなったものだ。
韓国政府の「国家連合」構想は、▽南北首脳会談▽双方同数の南北閣僚会談▽双方同数の南北評議会▽共同事務所の設置が骨格をなす。南北が互いに平和的な主権国家として独立を維持しながら、ゆるやかな「連合」体制の下で交流協力を進め、最終的な統一国家の形成を目指している。
「国家連合」構想には、異質な体制のまま相互の国家的独立を放棄して結合される「連邦制」のように、内戦誘発の危険がない。また、連邦制度を半永久的な最終段階とする「高麗連邦制」のような詐欺的性格もない。
平壌政権が、「民族統一」の大義の下で「先軍政治」とともに核兵器を捨て去るなら、「国家連合」体制によって韓国国民と国際社会の全面的支持と支援を受ける道が開かれる。
そのときは、北韓住民も今一度、平壌政権への信頼に賭けてみようとするであろう。その道だけが、平壌政権が生き残るためのただ一つの道筋であると思われる。
(2012.1.1 民団新聞)