東アジア経済専門・深川早大教授の見方
「世界経済はかつて見られなかったほどの深刻な状況を迎える」。早稲田大学政治経済学術院の深川由起子教授は、「今年は大いなる不安定時代の幕開けになる」と予想し、「韓国は輸出の減少に備え、高齢社会をみすえた内需強化が必要だ」と提言する。深川教授に「2012年混迷深める世界経済 韓国は」について聞いた。
歴史に残る転換点か
政権交代の年…対応遅れ心配
不安の震源地 EU
−−世界的に経済不安が漂う中、今年1年をどう予測するか。
これまでも世界的な経済不安はあったが、今年は歴史に残るような大きな転換点になるのではないか。先進国がここまでそろって経済的苦境に立たされたことは戦後なかったからだ。
−−震源地である欧州連合(EU)の金融危機について。
首脳会議を開いて対策を出してみたものの、根本的な解決にはなっていない。あまりにも問題が深刻だ。金融面は統合されているが、財政はそうはいかない。財政の統合は、国の統合を意味するからだ。イタリアの問題が頓挫すれば、EU分解の危険すらあるため、イタリアに飛び火しないよう、共同債権発行したものを欧州中央銀行(ECB)が引き受けるなどの対策が必要だ。
−−今年は多くの国で政権交代する。
それも懸念材料のひとつだ。韓国をはじめ、米国、中国、ロシア、フランス、台湾などのトップが変わる。そのため政治的決断ができず、対応が遅れるかも知れない。責任ある大国は選挙に振り回されることなく、世界経済の対処法を示してほしい。
−−どのような方法で。
各国とも財政を拡大したいが、それができない状況にあり、政策手段が枯渇している。それだけ問題が深刻ということだ。EUと比べて相対的に良いと言われる米国の場合、「QE(量的緩和)2」という大幅な金融緩和政策を実施し、世界中にインフレを撒き散らした。劇薬なので副作用が非常に強い。ドルは基軸通貨、決済通貨なので、その影響は新興国にも及ぶ。
日本が一番安全に見られるようだが、体力に合わない円高が続き、体力を蝕ばんでいるのが実情だ。
今年は欧米日とも不透明な状況が続き、いずれもマイナス成長になりかねない。
−−中国やインドは。
新興国の時代とはいっても、中国やインドでは支えきれない。08年のリーマンショック直後、中国は余裕があり、内需振興策を大々的に進めることができたが、今回に限ってはマクロ政策の選択肢がなくなった。人民元を低く抑えてきた矛盾が蓄積され、バブル崩壊の寸前にある。最大市場EUの景気減速から輸出に影響が出る。インドも経常収支の赤字が大きすぎる。
◆対米FTAは輸出下支えに
−−米国との自由貿易協定(FTA)が1月中にも発効しそうだ。
韓国はできる限り早く発効させることだ。発効すれば、今年は初年度にあたり関税が引き下げられる品目が多いので、輸出の下支えにはなる。通貨危機にあるEUですら、FTA発効後は貿易が拡大しているので、それなりの期待感はある。
韓国の競争力は伸びるものの、米国自身の需要が不調なので、どれだけ輸出量が増えるかは不透明だ。もともと米国の関税は低い方なので、爆発的な輸出拡大は望めないだろう。あとは中国やインドなど新興国との貿易をどれだけ維持できるかだ。
内需拡大を優先に
途上国卒業…次は独自ブランド
韓国のカジ取りは
輸出が落ちて危機サイクル
−−今年の韓国経済は。
韓国はすでに危機のサイクルに入り、輸出が落ち始めている。そこへ昨年末に金正日死亡による北韓社会の流動化が重なり、厳しい事態を迎えることも予想される。
−−昨年、韓国は初めて貿易総額1兆㌦を達成した。
輸出はウォン安に支えられた点が大きい。いずれウォン高になった時、韓国企業の抵抗力が弱いのは否めない。1兆㌦達成は競争力の向上を示すものだが、雇用が進まず、インフレ状況になりつつある点が気がかりだ。大手企業など一部は豊かになったものの、一般家計は非常に苦しい。
インフレが進行する場合、消費が落ち、不良債権が増えるので金利は上げられない。
−−各国とのFTA締結で経済領土を広げてきた。
それ自体はいいが、輸出を増やすだけで、すべては解決しない。輸出が振るわなくなったときはどうするのか。内需で支えられる構造をつくっていかなければならない。所得格差が大きく、失業率も高い。内需にもっと力を入れるべきだ。1%の国民だけでなく、99%の国民を考えるのが政治だ。
−−為替の動きは。
市場開放を進めた韓国は、アジアの中で最も流動性が高く、投機筋に狙われやすい。為替管理には神経を使わざるを得ない。それでも、約3000億㌦の外貨準備高、昨年10月に日本や中国と締結した通貨スワップ(交換)限度額の大幅増額により、すぐに通貨危機になるという状況は考えにくい。インフレ状況下にあるので、ウォン安に対する警戒感は強い。
−−輸出に期待が持てないとなると。
シンガポールや香港と比べれば、5000万もの人口を擁する。今年は内需を振興させることが重要だ。家計の負債が増加しているので、個人消費に多くの期待は求められない。
てっとり早いところで、企業による投資が考えられ、三星電子や現代自動車など大手企業が国内にどれほど投資するかがカギだ。
高齢者や若者の生活が困窮し、自殺者が増えている。雇用問題や福祉政策は今年実施される選挙の大きなテーマになるだろう。
◆サービス業へ期待は大きい
−−内需振興について。
政府主導型で輸出を伸ばすのが韓国の得意な方式。しかしサービス業の場合、輸出との関連性が薄く、内需中心の産業だ。韓国内で製造業の雇用を増やすには限界がある。代わってサービス業への期待感が強い。ただし、生産性が低いので、イノベーション(技術革新)はなかなか進みにくい。
IT(情報技術)やバイオなどのベンチャー企業が成長する可能性は高い。継続して伸びる環境整備をしてほしい。
韓国は収益性や競争力、携帯電話販売などで世界一になったが、オリジナルのアイフォンを出せないでいる。途上国を卒業したので、今後は独自のブランド開発が欠かせない。
互いに投資拡大を
ビジネス環境が整う韓国
対日関係の進む道
−−日本との関係について。
昨年発生した東日本大震災の影響もあって、日本企業の韓国向け投資は順調で、ますます増えていくだろう。地震や津波がなく、電力費が安い。さらにFTA締結国が多く、法人税も安い。国としてのビジネス環境は、韓国の方が圧倒的に良い。
−−企業提携も増えるのか。
提携は無理だと思う。両国とも排他的な傾向があり、オーナー制度の韓国財閥は、経営方式が独特だ。したがって、外国企業との合弁や提携は得意でない。
−−協力方法は。
日本企業はもはや韓国に安い生産コストを求めてはいない。韓国に投資し、輸出を後押ししてもらう方法が圧倒的な流れだ。外国企業の投資が増えれば、雇用が増えるし、韓国にとっても都合がいい。韓国人は教育水準が高く、よく働くので、満足する投資企業は多い。
−−逆のケースは。
確かに、韓国企業が日本にもっと投資するようになってほしい。そのためには閉鎖的な日本をもっとオープンにすべきだ。いまやM&A(企業の合併・買収)で韓国に会社を売る時代だ。
韓国はその点、97年のIMF危機を境に割り切れるようになった。米国流のM&A方式で危機を乗り切ったことが良い教訓になった。
−−歴史問題について。
歴史観が違うのは当然で、すぐには改善しない。近年、相互往来が増え、直接見聞きするようになったことが大きく、政治と経済・文化を切り離して考えるようになったのは好ましい。文化交流も順調で、美術や文学、音楽分野で障害になるものはない。国境がないといえるほど、成熟した関係になった。政府がへたな干渉をせずに民間に任せていればいい。
◆人材の交流も広げていこう
−−企業の人材交流にも好影響が。
往来に規制がなくなったので、互いの企業に勤務するなど、人的交流はますます活発化する。相互理解が進めば、企業同士の交流も増える。新しい人材ネットワークを拡大していくことが重要だ。
リスク管理 厳しく
緊張感が足りない国民
影響少ない金正日死亡
−−金正日死亡について。
深刻ではあるが、極端なことは起きないと思う。後継者が若いので、基盤固めに時間を要するだろう。核実験やミサイル発射など危険な賭けに出る可能性は少ないのでは。地政学リスクを負うのは同民族だからやむを得ない。
−−韓国企業は北韓よりEU問題を深刻視している。
インパクトからすれば、EU問題の方が大きい。しかし、EUが投資を回収しようとすれば、地政学リスクを負う韓国からの引き上げが早まる可能性があり、軽視できない。北の問題は、韓国がコントロールできないところに不安がある。
一番良いシナリオは、若い指導者なのでこれまでとは違った経済改革を進め、国際社会への復帰を決断することだ。誰もが望んでいることだが、軍を優先する「先軍政治」の国なので、すぐに融和に向かうとは思えない。軍を掌握するには時間がかかるだろう。
韓国の若い人は完全に平和ボケしているので、緊張感が少ない。南北境界線の近くに住んでいる人ですら、何十年もリスクがなかったのだから、これからもないと思いこんでいる。
−−北との関係で重要なのは。
韓国は金融などのリスク管理をきちっとやる以外にない。相手のあることなので、アウトオブコントロール(管理外れ)、つまり自分がコントロールできないリスクを抱えている点、どうしても弱い立場にあるからだ。日本や中国など周辺国との関係改善に努めることが重要だ。
−−中国の漁船問題について。
中国の膨張がいよいよ韓国にとってもつらい局面を迎えている。強国であり、北韓との結びつきも強いから、どうしても足元を見られがちだ。
◆韓日中の市場いずれは統合
−−韓日中3カ国の協力は。
いつも合意だけして動かない。当分は無理だと思う。FTAは少なくとも日韓では締結できる可能性はあるのに、いまだに糸口すらつかめないでいる。日中間はやれるような状況ではない。そもそも安全保障上の仮想敵国とFTAを締結している国はない。ただし、3カ国による機能的な協力は進んでいき、市場も統合されていくだろう。
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プロフィール
ふかがわ ゆきこ 1958年生まれ。早稲田大学政経学部卒。エール大学大学院で修士、早稲田大学大学院で博士課程修了。東京大学教授などを経て現在は早稲田大学政治経済学術院教授、高麗大学客員研究員。専門は東アジア経済。『韓国・先進国経済論』など著書多数。
(2012.1.1 民団新聞)