掲載日 : [2004-01-01] 照会数 : 8532
座談会・無年金問題解決へ 制度的差別の壁に挑む(04.1.1)
[ 宋貞智氏 ]
[ 田中宏氏 ]
[ 愼英弘氏 ]
出席者(順不同、敬称略)
田中 宏 龍谷大学教授
愼英弘 四天王寺国際仏教大学大学院教授
宋貞智 「在日コリアン高齢者福祉をすすめる会大阪」理事長
司会=李鐘太・民団中央本部民生局局長
大阪の無年金同胞高齢者6人が昨年11月、老齢福祉年金が支給されないのは違憲・違法であるとして大阪地方裁判所に提訴した。一方、京都の同胞障害者が障害基礎年金の支給を求めている裁判も、今年から大阪高裁で控訴審が始まる。期せずして高齢者と障害者の両側面から日本政府・厚労省による年金差別が大きくクローズアップされようとしている。05年の年金法改正を前に国籍条項の厚い壁に挑む当事者と識者に裁判の意義と今後の課題、かつ将来の年金のあり方を語ってもらった。
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運動の出発点
59年制定時に戻して
李 民団は70年代から行政差別撤廃運動に取り組んできたんですが、その当時から最後の砦となるのが国民年金だろうと言われてきました。運動の突破口としては03年現在77歳の高齢者を焦点とすることに異議はありませんが、75歳の同胞から私も無年金だという投書が来ているんです。その起点を59年の国民年金制定時にまでさかのぼるのか、それとも82年とするのか見解を伺いたい。
田中 59年に法律ができて61年から制度がスタートしたわけですから、基本的には制度発足時の国籍条項がおかしいということです。いろんな細かい議論があるとは思うけど、納税義務とのバランスで制定時に戻すというのが基本的な原点だと思います。日本人の高齢者の場合とか沖縄の本土返還のときは、それに見合った経過措置を設けているわけですから。同じことをやるべきだと言っていくしかないですね。
愼 日本人の場合でも資格期間25年を満たすこができない際の特例措置として短縮措置があるのにそれを知らず、年金に入らなかった人も無年金でいるわけですよ。それは知らないのが悪いんだというのが政府の見解です。「在日」の場合もそれをあてはめてくるものと思うんです。77歳という線はぎりぎりかなという気がするんです。70歳以上はみんな認めろという根拠がなかなかないんです。
田中 任意加入の時にかけていなかった学生たちをどう救済するかが「坂口試案」の時に出てきたわけだけど、その問題に合わせて「在日」の75歳の人もやるというふうに細かく分けていくしかないでしょうね。でも、外国人と任意加入の時に加入しなかった日本人とをごちゃごちゃにするという議論はおかしい。そこは厳密に分けていかないと。哲学が違うから。
愼 学生無年金と在日外国人無年金の問題は似ても似つかない―それは明確にすべきだと思う。学生無年金は入れるのに入らなかった。あるいは入ってたけど、保険料を収めなかった。その一部過失についてはものすごく大きい。われわれ在日外国人の場合は、最初から入れさせてくれなかった。それを「坂口試案」では福祉手当として同じ4万円の線を出しているのはおかしい。在日外国人には8万3000円の傷害基礎年金と同じ額にすべきだと言っている。
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自治体交渉
給付制度創設、増額も
李 自治体からの特別給付金がこれから重要になると思いますが。
愼 これも関西のように運動している地域では実現しているんです。1人でも2人でもやれば行政は聞いてくれるんです。明石市は基礎年金と同じ額を出したいとそういう状況で動いている。
国は「坂口試案」で無年金障害者に4万円という線を出しているけど、これが決まったときにどうするか。自治体が出している福祉給付金と合わせて障害基礎年金と同じにしろとやっていくべきだと思うんです。
李 自治体からの特別給付金はこれから全国に広げていかなければなりません。制度があれば増額を要求していく。モデルとなるのは、市町村で実施していないところを道で責任を持ってカバーしている北海道方式ではないでしょうか。
田中 市民運動のあるところでは裁判も組み合わせ、給付金制度の創設や増額への雰囲気を盛り上げていくことがこれから大事になるだろうね。
宋 高齢者は時間がない、中身が欲しい。早期立法化に向けどうしたら日本政府を動かしていけるのか。それには裁判闘争と運動の2本立てで取り組む必要があるんです。
愼 そうだね。高齢者は後がないから早期解決がいちばん大事になる。そうなると裁判の在り方も変わってくると思う。高齢者は年金制度改革では解決しません。「坂口試案」にもまったく出てきませんからね。だから戦後補償の一部としてやっていく必要があるし、それを言っていく必要があるのかなと思う。
田中 国民年金は82年に外国人にも開放されたけれど、制度が発足してからの約20年間、外国人は掛けたくても掛けられない。法的に排除されてきたのだから。外国人が無年金になったのも自己の意志によらずして無年金になったはずなんですね。だけども、そういう議論はなされていない。
国会議事録も見たんですね。同じように税金を納めている外国人を排除するのはおかしいと質問した人は1人もいません。国籍による差別は挙国一致なんですね。住んでる人からは平等に税金を取って、社会保障をするときには国民だけに配ると言うようにね。この差別の構造を、今度の裁判の中でも裁判官にきちっと知ってほしい。
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どう取り組むか
草の根運動体構築へ
李 これからの裁判闘争をどう展開していくのか語ってもらいたい。
田中 高齢者も障害者も、どういう形で壁が作られようとその壁によって外国人が排除されている原理は全く同じです。ただ、障害者については昨年8月、京都地裁であれほどひどい判決があるのかなと思うほどの判決が出たわけです。これから控訴審が始まるんですけど、高齢者についてはこれからがスタートになります。裁判を通じてこの2つの問題を世に知らしめていくということで新しい局面が開けないかと思います。
運動体のほうでどこまで広げられるかという課題があるんですが、介護保険制度ができてから各地に在日コリアン高齢者の世話をするケアーセンターというのができてきている。そこがカギを握っている気がするんです。より多くのコリアンを把握するというか、接点を持ってきているので、そういうところがベースになって、地域で市民運動をつくっていくべきだろうね。
全国展開がどこまでできるのか分からないけれど、各地に広がってほしいね。昔の指紋問題のときほどはいかないかもしれないけれど、裁判という形で問題に取り組んでもらう地域の市民運動を作っていくべきだね。
かつて指紋押なつ反対運動をやったときも、在日コリアンと日本人とが共通の課題として問題に取り組んだ。そういう運動のスタイルをこれからも築けないものか。それが蓄積されていけば、必ず一定の成果を生むことでしょう。その必要性をすごく感じています。
数そのものは少ないけれど、いま、視覚障害の留学生が外国から来ているんですが、日本に着いてすぐ障害基礎年金をもらうんですね。今では国籍条項がないから。月額にすれば8万3000円。いわば奨学金だよ。これに対して、今度の大阪地裁の原告だとか、あるいは昨年8月に判決が出た京都の障害者原告たちは年金をもらえない。しかし、昨日、今日来た留学生は皆もらっているんです。
留学生は理論的には日本に住み始めると納税者に入るわけだけれど、日本に着いた段階では一銭も税金を払っていないわけですよね。なのに社会保障の受給者になるという不合理ですね。だから京都の原告なり大阪の原告らが制度的に見ていかに理不尽かということが分かるわけです。
このことは裁判長だけでなく、広く世間の人にもきちっと訴えていかなければと、私は強く感じています。残っているいちばん大きな制度的差別に対する挑戦の闘いではないかと私は自分に言い聞かせています。
愼 私は今度の裁判にはいくつかの意義があると思っているんです。
1つは裁判をやれば各新聞が必ず掲載する。在日同胞障害者についても年金があっていいねと思われていますからね。実は日本で生まれ育って、親も本人も税金を払っているのに無年金で放置されている事実を広く知ってもらうということ。これがいちばん大きい。2つめは行政を変えていくということ。全国に3300ほどの地方自治体があります。そのうちの700以上の自治体は独自に高齢者と障害者のための救済制度を作っているんですね。年金というのは国の制度ですから地方がその不備を肩代わりするという義務はもうとうないんです。それなのに給付金制度を作っているということは、「国が理不尽や」と地方行政は考えているからなんです。
宋 一つの目的に向かって日本人と「在日」が同じ共同作業を繰り返しながら、在日高齢者問題の本来あるべき姿を考えていく。それには、怒りだけが先行する発信スタイルではなく、周辺にこういう現実があるけれど、それでいいのと絶えず問いかけていく必要がある。まずは支援者に自分たちの問題として受け止めてもらわなければ、何事も進みません。高齢者問題は次の世代が支えていく問題ですから、私はこれから運動として広がっていくものと確信してるし、ましてや広がらなければこの裁判を起こした意味がないと思います。
李 最後に一言ずつお願いします。
田中 年金問題は制度的な差別の最後の砦なので、いままでの運動の経験なり蓄積をフルに使ってなんとしてでも突破したい。
愼 これから無年金障害者の生活実態調査をして大阪高裁に出していきたい。ところが私たちが把握している当事者はごくわずかでしかない。どこにそういう人たちがいるか皆目分からない。いたらぜひ連絡してほしいし、調査にも協力してもらいたい。
宋 この問題を通して「在日」と日本の若い世代の間で本当の意味の共生というか、運動体の構築ができたらいいなと思う。
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生活調査から
年金有無で格差拡大
李 宋さんは昨年から在日同胞高齢者の本格的な生活実態調査に取り組んでいます。どのような傾向が読みとれたのか。
宋 日本人の高齢者の多くは年金を主な収入源としているなか、在日同胞高齢者のほとんどは子どもからのなんらかの援助、もしくは若いときに貯めておいた貯金を食いつぶしているのが現状なのです。
李 愼さんは同胞障害者について調査分析を担当されましたが。
愼 障害者については基本的な生活実態で国籍上の違いはありません。ところが、年金があるかないかでは決定的に違ってきます。
例えば、施設に入所している場合です。日本人であれば使用料3万円ほど払っても、大体手元に5万円ほどの年金が残ります。この5万円の範囲内でならなんでも自由に買えます。これが無年金障害者で誰からの支援もなければ、外出してもジュースすら買えないという悲惨な状況になります。
たとえ、低所得にあえいでいたとしても、日本人であれば年間所得が一定金額を超えない限りは月8万3000円の障害年金をもらえるから多少なりともゆとりのある生活を送れる。ところが、在日同胞障害者はそれができない。親に扶養されてる場合であっても、同胞の場合でしたら40、50歳になっても親から小遣いをもらわなあかん。これがどんなに苦痛なのかは当事者でしかわからないでしょう。
私は大学院生時代、本当にお金がなくて困りました。日本人は障害福祉年金をもらえたんです。私はひどいときは1カ月8000円で生活していた。お米と野菜を買って自炊するんですがおかずといえば海苔の佃煮1個で1週間生活するとか。
李 無年金障害者・高齢者はゆとりのある生活ができていないと…。
宋 せめて普通の生活ができたらいいんだけれど、おそらくそこまでもいっていないんじゃないかな。
愼 生活保護にしてもそうです。日本人ならば働いて、年金と合わせた収入が生活保護による受給額を上回ることで抜け出せるんですが、在日同胞は年金がないからそうもいかない。
宋 大阪市の生野区では4年前の調査時点で生活保護受給世帯は日本人の3・5倍。いったいどうやって生活しているかというと、スーパーに行って捨てられる大根の葉やパンの耳をもらってくるといった調子ですね。
(2004.1.1 民団新聞)