掲載日 : [2007-11-28] 照会数 : 6509
1世を取り巻く介護 現場の声
[ 老人施設で入所者と話す金正出理事長(左) ]
1世の高齢者たちが気軽に集える施設は必要か、また残された時間を「人間らしく生きる」ために同胞社会、地域社会では何ができるのか。医療と老人福祉事業の現場にたずさわる同胞医師らに聞いた。
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医療法人正信会
「人間らしく」第一に
在日と日本人わけへだてなく
医療法人正信会の金正出理事長=茨城・小美玉市=は、美野里病院の経営をはじめ、特別養護老人ホーム、ケアハウス、グループホームなど、経済状況やニーズに合わせた15以上の老人施設を有している。老人施設の運営は20年近い歴史を持つ。開設当時は同胞社会からも注目され東京、神奈川、大阪、福岡などの遠方から頼ってきた同胞の高齢者たちを受け入れてきた。
現在、この老人施設の入所者は600人以上を数え、そのうち在日同胞は5%を占める。日本人職員たちは在日の職員から言葉や生活習慣などを学びながら、日々の対応に生かしている。
金理事長は「同胞の場合は言葉の問題がありますから、きちんと要求を聞いてあげる人がいれば問題はありません」と話す。
ケアハウス「ほうせんか」での暮らしも10年になる車漢順ハルモニ(90)は、夫を3年前に亡くした。娘2人は日本で、息子は北韓に暮らす。仲間たちから班長さんと慕われている存在で、「喧嘩の仲裁もするよ」と頼もしい。
戦後は東京で舗装工事や建築現場では穴を掘っては土を運ぶなどの肉体労働に従事。トイレ掃除などもやった。「みんなつらい仕事だったし、休む暇なんかなかったよ。今は一人でのんびりしている。金先生がいるから安心できるよ」と穏やかな口調で話す。
また71歳で入所し、今年で10年になるあるハルモニも金理事長に全幅の信頼を寄せる一人だ。車ハルモニ同様、夫は他界した。趣味は編み物で、ひ孫にプレゼントもすると楽しそうに話す。
開設当時から「日本人にはたくわんを、同胞にはキムチを出してきましたし、日本人と同胞の間でトラブルが起こったこともありません。だから同胞の施設に同胞の人だけを入所させたいというのは実情にあっていない」のではないかと、金理事長はこれまでの実績をもとに分析する。
「同胞は日本人に比べていろいろな面でハンディキャップがあるし、差別された経験もある。それを意識しすぎるから同胞のところに行きたいと思うのではないでしょうか」と前置きする。
さらに「在日だけの施設があれば望ましいけれど、特別にこだわる必要はありません。そこでキムチもたくわんも出し、同胞のスタッフが母国語で話せばいい」と話す。
金理事長が同胞高齢者に強く望むことは、最後まで「人間らしく生き抜く」ということだ。
「昔みたいに体が動かないからと部屋の隅に寝かせて、ご飯だけ置いて食べたかったら食べさせるということをしていたら3カ月、半年で死んでしまいます。今みたいにデイサービスなどを利用して、運動もして体の機能を生かしていけば、長生きができるんです」
だが、同胞高齢者のなかには日本の施設になじめない人たちも多い。特に東京地区の場合、同胞の施設は限られているため、行き場のない人たちがいる。
「民団に拠点があって、実践してみればいろいろな知恵がわきます。その拠点がないからいつも机上の空論で前に進まない。日本の法整備にのった形でやってみて、赤字が出ないというものを東京で誰かがやって模範をみせないとだめだと思います」
◆美野里病院(℡0299・48・2118)。
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ヒマワリ・ケア新宿
ネットワークが必要
「在日はひとりぼっちになる心配」
東京23区を活動の拠点に訪問介護、予防訪問介護を行っているヒマワリ・ケア新宿ステーション=東京・新宿区。今年6年目を迎える。
サービス提供責任者は「日本の介護保険サービスでは在日も公平にサービスが受けられますという話をし、まず納得してもらおうと思っていましたが、関心がないようでした」と話す。当時、新宿区や荒川区などに暮らす同胞宅にも資料、案内など400〜500通郵送したが、返事がきたのは1人だけだった。
現在、2人の同胞高齢者の訪問介護を行っている。これまで数多くの現場を目にしてきたが在日の場合、特に他人が家庭に入り込むのを嫌う傾向が強いと話す。毎年ヘルパー養成学校の実習生を受け入れ、実地指導も行う。在日の家庭に同行すると実習生は「韓国人だから」と身構えるが、「韓国人とか日本人とかは関係ない」と常に言い聞かせている。
「日本には民生委員もいるし、住民たちが協力します。そうすると在日の方は独りぼっちになってしまう。在日の方たちは困ったときにどこに連絡をすればいいか、誰に相談すればいいか分かりません」。この責任者は同胞社会におけるネットワークの構築と広報活動のシステム化が急務だと話す。
「うちには同胞のヘルパーもいます。協力してほしいというのなら、いつでも協力します。民団が力を入れたら状況は変わると思っています」
◆ヒマワリ・ケア新宿ステーション(℡03・3368・5664)。
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介護の家あゆみ
高齢者が集える場所を
願いは小さなデイサービス
「今、1世のお年寄りたちをどうするかなんです。何とかしてあげないと」。2000年5月に東京・北区で居宅介護支援事業所、ヘルパーステーションを運営する「区民介護の家あゆみ」を立ち上げた金静恵さん。99年12月にヘルパー2級の資格を取得した。当時、脳溢血で倒れたオモニの面倒を見たいと思ったのがきっかけだった。
開設当初、オモニの面倒を見てくれる同胞施設を探すが近所にはなく、仕事を続けながら自らも苦労した。
だがその状況は今も変わっていない。「今、情報をほしがっている人は沢山います。一番ほしい情報は同胞高齢者が集まれる場所です。分からないというより施設がないんです」と現状を語る。
まだお年寄りは家族が見るもの、嫁が見るものと考える同胞家庭は多い。「それが災いしています。負担が全てその人にかかってしまうからです。でも他人だったら優しくできるんです。家族だと『もっとしっかりしなさい』と怒ってしまう。他人が見てあげるのが一番いいんですよ」
また多くの在日のヘルパーは日本の事業所で働いているが、ヘルパー同士のネットワークもないために頼みたくても頼めない状況を指摘する。「まずネットワークを作ることです。そうすると本当に困っている人から連絡がくると思います」
さらに同胞高齢者が日本の施設になじまないという点について金さんは、「言葉や習慣などの違いだけの問題ではないと思います。同胞の高齢者は同胞のいる場所にいくと、肩の荷が下りるのではないですか。気取らないで付き合えるし、心を許せるからでしょうね」。
「小さなデイサービスがあちらこちらにあればいいんです。ざっくばらんな雰囲気で足を運べば仲間はいる。大規模な施設は必要ありません。でも絶対に一人の力ではできません。まずは事業所を立ち上げて拠点を作ること。一緒にやってくれる同胞の仲間を増やしていくことです」と言葉に熱がこもる。
◆区民介護の家あゆみ(℡03・3927・4533)。
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「介護保険まず利用」
「最初に居宅介護支援事業所に行って、同胞の特色や事情を説明する。共生という立場からいくことが現実的です」。東京・江戸川区でクリニックをはじめ介護老人保健施設などを運営する日本人の理事長はこう話す。
現在、4人の同胞高齢者が入所している。意思疎通を図るための協力体制は整っているため、言葉などで不自由さを感じることはない。
「日本の介護保険制度をまず利用してほしい」と理事長はいう。「在宅での介護は肉体、精神をむしばみます。家族が面倒を見なければという家族愛は、その苦痛に勝らない。いずれは共倒れになります。福祉事業は人間愛からきていますが、福祉ほど人間の本性が出るものはありません。要求は高まっていき、その本能と戦っていくことになります。プロは仕事だからやれるし、それがいい方向に働くんです」
この制度の内容を理解して利用すれば安価で質の高いサービスを受けられる。ここでは韓国人も日本人も関係なく平等に扱われるために、介護度が高くなる人ほど家族の負担も軽減されていく。
また「マイノリティーは声をあげないと届かない」という考えのもと、日本人に対して1世の特色などを話していく働きかけも大事だと話す。
「介護施設を利用すれば皆が幸せになります。本当に困っている人は今日どうする、明日どうすると切羽詰まっています。そこで日本の施設とか同胞の施設とか言っている余裕はありません」
(2007.11.28 民団新聞)