「ソウルとワシントンを精密核打撃で火の海にする」「朝鮮半島の新たな戦争はすでに避けることのできない現実となった」「(全軍は)最高司令官が最終的に認可した作戦計画に応じ、全面決戦状態に入った」‐北韓・平壌政権は韓国と米国に対する恫喝度合いを高めている。休戦協定、南北不可侵合意、韓半島非核化宣言の破棄を宣告、板門店の南北直通電話も遮断した。平壌政権によるこうした独りよがりの「攻撃」はさほど珍しいことではない。そもそも、国際社会や韓国との取り決めを守っても来なかった。ただし、長距離弾道ミサイルの発射(昨年12月12日)と3回目の核実験(2月12日)を成功させた後だけに、一連の脅しを甘く見るべきではないだろう。何より大事なのは平壌政権の狙いを的確につかみ、冷静に対応することだ。
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北韓の見えすいた心理戦
韓米に妥協はない…締め付け強化を招くのみ
中国まで同調制裁重みます
3回目の核実験を強行した北韓に対する国連安全保障理事会の制裁決議は、かつてなく厳しいものだ(1面参照)。しかも、中国までがほぼ全的に同調した意味は大きい。国際社会がこぞって圧力をかけるなか、定例の韓米合同軍事演習(今月11日から21日までの「キー・リゾルブ」と1日から2カ月間の「トクスリ」)が展開されている。
核戦争も辞さないとする平壌政権の恫喝はこれら圧力に猛反発し、自分たちは屈しないどころか敵の心臓部を叩く決意と能力があることを誇示しようとするものだ。攻撃対象に名指しされた側も黙ってはいない。
韓国は合同参謀本部作戦部長が「北韓がわが国民の生命と安全を威嚇し挑発を敢行するならば、わが軍は挑発の起点と支援勢力はもちろん、その指揮部まで強力かつ断固として懲らしめるだろう」と警告。在韓米軍司令官も極めて異例なことに、「われわれは韓国を守るため万全の態勢を整えている」と自ら声明した。いかなる挑発にも米国が韓国と共同対応する姿勢を明確にし、北韓を厳しく牽制したものと受け止められている。
韓米両国はまた、核兵器を搭載した原子力潜水艦を合同軍事演習の終了後も東海(日本海)に遊弋(ゆうよく)させる方針という。核を使えば核で報復するとの強力な意思を示し、北韓の核兵器挑発を封鎖しようとするものだ。
北韓の脅し文句は、「ソウルを火の海に」(94年)↓「南朝鮮を廃墟に」(08年)↓「南朝鮮を最終破壊」(13年)と露骨になってきただけでなく、「核で火の海」「第2の朝鮮戦争」「核による先制攻撃」といった表現がかつてなく多用されている。
まだ序の口か恐怖心あおり
しかし結論から言って、この狙いは実際に戦争を起こすことにあるのではなく、核戦争の可能性をあおる心理戦によって韓国と米国を屈服させようとするところにある。しかも、現在はまだ序の口に過ぎない。韓国の対北情報筋によれば、3段階のシナリオが準備されているという。
第1段階は、メディアや担当機関の声明などで韓国を威嚇し、板門店の南北直通電話の断絶など具体的な措置をとることで、「このままでは本当に戦争になる」との恐怖心を韓国国内に植え付けるところに目的がある。
韓国当局はこのほど、北韓による砲撃・空襲に備えた「学校現場の危機対応マニュアル」を今月末までに全国の小・中・高に配布すると発表した。北韓が威嚇をエスカレートさせているにもかかわらず、国民は有事の際どこに避難すべきか知らされていないとの指摘を受けていたからだ。
韓国にはすでに、「韓米合同軍事演習が韓半島の平和を脅かしている」などと主張し、平壌政権の強弁に同調する動きも現れている。報道によれば当局は、「韓国が北韓を圧迫したことで戦争状況が生まれた」などとインターネットで喧伝する組織化された勢力の存在をつかみ追跡中だ。
韓国には北韓の浸透工作員のほか、衰退したとはいえ従北勢力がなお根を張っており、親北・反米の情緒を持つ層もまだ厚みがある。これら勢力の撹乱を抑止し、国をあげて毅然とした姿勢を貫けるか否かが今時期の要諦だろう。
第2段階では、平壌に滞在する外国人に「近く戦争が起きる可能性があり、そうなればわれわれはあなた方の身辺の安全を保障できない」として出国を求める一方、海外公館を通じて当該政府に北韓から自国民を撤収するよう通告する。これは言うまでもなく、韓半島危機説を国際社会に広げ、緊張雰囲気を最高潮に高めるためだ。
第3段階ではテロまで想定
これでも韓国や米国が屈服しなければ、第3段階に入る。ここではまた再びの核実験や弾道ミサイル発射、局地的な軍事挑発のほか空港など交通の要衝や大衆利用施設などへのテロが想定されている。
テロなど軍事行動を敢行する場合、10年11月の延坪島砲撃のような公然挑発ではなく、同年3月の天安艦撃沈のような攻撃主体が直ちに特定できない手法を選ぶ可能性が高い。平壌政権による挑発があれば韓国は、その起点・支援勢力ばかりでなく指揮部まで懲らしめると公言しているだけに、平壌政権はこれを避け、国連憲章51条で認められた自衛権の発動が韓国にとって困難な戦術を駆使するはずだ。
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「ドル箱」は手放さず
開城工団は正常稼働…南北の航空管制電話も
平壌政権は強硬な姿勢を見せる一方で、開城工団の稼働に必要な西海軍事通信線はそのまま維持している。04年3月に始業して以来、南北間の緊張が高まるたびに「工団を閉鎖する」「韓国企業は出て行け」と脅し、約800人(現在)の韓国人勤労者を含む工団自体を人質にしてきたことからすれば「異例」と言える。
この変化は天安艦撃沈と延坪島砲撃を受け、韓国政府が対北制裁の一環として工団の閉鎖を本気で検討してからのことだ。この通信線を遮断すれば、平壌政権は労働者5万3500人が受け取る年9000万㌦の現金収入を失う。労働者自身は言うまでもなく、工団近隣の25〜30万住民の生計悪化にも直結する。
開城工団だけではない。南北の飛行情報区域(FIR)での航空管制のための南北直通電話も正常に運営されている。中国国際航空など北韓の領空を通過するのは1日平均30便で、通過料は1便当たり305〜890㌦、年間600〜900万㌦になるという。
「第2の朝鮮戦争」などと絶叫するかたわらで、開城工団だけでなく3年前の軍事挑発(天安艦撃沈、延坪島砲撃)の現場であり、新たな挑発があるとすれば再びその現場になる可能性が高い西海の上空で金儲けをしていることになる。しかもこの時期、現役少将を団長に多数の将軍が含まれた人民武力部の投資誘致団を東南アジアに派遣した。
平壌政権が核戦争危機の演出によって、不安定な権力基盤と疲弊する住民の意識を引き締め、韓国に対しては反政府・反米闘争をけしかけて韓米の離間と動揺を誘い、有利な条件で両国を交渉の場に引き出そうとしているのは明らかだ。どちらが先に「参った」をするのか、チキン・レースを挑まれていると言えよう。
春窮の来月は食料不足最悪
3回目の核実験以降、中国は北韓への輸出規定を厳格に適用し、密輸の取り締まりも大幅に強化した。平壌では米が2倍近くになるなど食料価格が高騰し、住民生活に大きな影響がでている。
韓国の対北情報筋は、「春窮が重なる4月には、耐え難いほど深刻な食料不足が予想され、平壌の幹部を対象に行ってきた制限的な配給制も滞る恐れがある」との見通しを示した。
平壌政権が心理戦の第3段階に入り、何らかの軍事挑発の動きを見せれば、韓米両軍による圧力はいっそう強化され、国連による強制的軍事措置を招かないためにも、中国とロシアが国境に兵力を集結する可能性さえ今は否定できなくなっている。
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「悪行に見返りはない」
米中に協調の可能性…習近平新体制の出方に注目
極めて異例な米大統領発言
オバマ大統領はこのほど、極めて異例なことに、米テレビのインタビューで北韓問題に関して多くを語った(現地時間13日)。そのうち2点に注目したい。第1点は、「北韓の悪行に見返りはない」という原則を今後も守る意思を鮮明にし、こう述べたことだ。
「北韓はスプーンでテーブルを叩き、駄々をこねながら食料支援など様々な譲歩を引き出してきた。この間も突然テーブルに戻り、話し合いに応じるかのような態度を示したが、少し長引くとまた挑発行為に走るという悪循環を繰り返している。しかし、われわれはそのような悪循環を断ち切った」
第2点は、北韓問題で中国の新指導部と協調する可能性に触れたことだ。そこではこう踏み込んでいる。
「中国は北韓政権の崩壊とその影響を懸念し、北韓の誤った行動に目をつむってきたが、今は考えが極めて前向きに変わってきた。態度が変化したという具体例を挙げることはできないが、中国は(北韓について)再検討し、『もう我慢できない』と言い始めた」
キッシンジャー元国務長官も14日、米国のアジア研究機関で講演し、「米国と中国は北韓で政権崩壊が起きた場合に備え、共同議論を始めなければならない」と強調、「中国はその問題について、米国と議論する準備ができていると承知している」と付け加えた。
キッシンジャー氏は71年、中国を秘密裏に訪問して米中国交正常化の道筋をつけた立役者だ。現在でも米国を代表する中国専門家であり、中国の高位政策担当者とのつながりが深いだけに、高度なレベルで問題意識を共有している可能性が高い。
中国ではこの間、北韓の地政学的価値に基づいた戦略的安保意識は過去のものであり、3回目の核実験は中国が平壌政権との同盟関係を再考するまたとない機会だとする主張が党中枢などから相次いで提起されてきた。
強硬姿勢示し軟化を促しか
だからと言って、平壌政権に対して唯一影響力を行使できる関係を維持しようとする中国の考えが根本から変わることはそう容易ではない。切り捨てもあり得るとの強硬姿勢を示すことで、平壌に軟化を促すところに真の狙いがあろう。
北韓が消費する食料や原油、生活必需品の70%以上が中国から入る。中国は03年、6者会談の実現へ圧力をかけるべく北韓につながるパイプラインを修理の名目で一時遮断したことがあった。平壌政権の命脈を握る中国の締め付け強化がわずかだとしても、影響は大きい。
北韓に対する戦略的な位置づけに根本的な変化はないにせよ、平壌政権の現状は中国の忍耐水準を超え、容認できないレベルにあることは明らかだ。オバマ大統領とキッシンジャー氏の発言は、緊張状態を際限なく高める北韓に対し、米中の協調体制が最低限のレベルで構築されつつあることを示すものだろう。
国際的包囲網ますます狭く
5月には韓日中3国の首脳会談がソウルで開かれ、朴槿恵大統領の訪米も予定されている。中国では習近平体制出帆にともない、北韓問題を含む短・中期の外交・安保政策が確立されよう。平壌政権に対する国際的な包囲網は着実に狭まっていく展望だ。
(2013.3.20 民団新聞)