掲載日 : [2009-11-18] 照会数 : 5256
関東大震災殉難者追悼碑建立から2カ月 荒川河川敷ほとり
[ 無窮花などを植栽しいちだんと緑豊かになった追悼碑周辺 ]
語り継ぐ虐殺史 住民に広がりも
関東大震災時の同胞虐殺から86年。東京・墨田区の荒川河川敷にほど近い私有地に建つ「韓国・朝鮮人殉難者追悼之碑」が、現場での忌まわしい事実を語り継いでいる。碑を通じて虐殺があったという事実を、住民はありのままに受け入れようとしているかのようだ。碑の完成から2カ月。この間、〞語り部〟として多くの住民と対話を重ねてきた西崎雅夫さん(グループほうせんか代表)に住民の反応を聞いた。
加害の事実を現場で再確認
西崎さんは碑の建つ私有地の隣に住む。お参りに訪れる住民と対話する機会も多い。
住民の一人は「朝鮮人を殺したけど黙っていろよ」と直接、祖父から聞いていた。裏に刻まれた碑文を読みながら「そうだよ、このとおりだったんだよ。確か国会で問題になったはずだ」と、西崎さんに熱を込めて語ったという。
西崎さんは「30年近く河川敷に建立することを望んできましたが、国の許可がおりなかった。でもここに建ったからこそ皆さんの目につく」「これはこういう碑なんですよと語り伝えるチャンスを逆に与えられた」と自らに言い聞かせていた。 西崎さんはある日、若い父親が解説文を熱心に読んでいるのを見た。父親の手を握りしめた幼い娘は碑文を指さし、「パパ、これなんて読むの」「まだ習っていない字だから読めなーい」。西崎さんは、「この子自身が碑文や解説文を読めるようになる日も近いだろう」と感慨にひたった。 ある日は母親と幼い男の子の二人連れだった。男の子は碑が個人的な願い事をかなえてくれるものと思ったのか。「ぼくが仮面ライダーになれますように。ぼくがいい人になれますように。ぼくがけんかをしない人になれますように」。母親は写真を撮ったり、碑文を読んだりしていたという。
在日同胞から激励の寸志も
西崎さんをとりわけ感激させたのが在日同胞からの激励だった。
「東四つ木に住む96歳の韓国人のおじいさんから電話があり、訪ねたところ、5万円いただきました。おまけに韓国海苔も」。足立区東綾瀬の在日韓国人は「新聞で知って、居ても立ってもいられなくて」と自転車で駆けつけ、西崎さんにそっと寸志を差し出した。
「新聞を見て来た人、口コミで見に来た人、たまたま通りかかった人。追悼碑は様々な人に歴史を語り続けています」。
荒川河川敷に植えた無窮花の苗木5本を10月19日、追悼碑の建つ庭に移し替えた。市民団体「グループほうせんか」と「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」が、鳳仙花の種まきと合わせて植えたものだが、河川敷を管理する国から再三撤去を迫られていた。
ハングル版の解説板を設置
無窮花は夏にかけて咲き誇るが、1年を通して参拝者が緑を楽しめるようにと、入り口の両脇にはチンダルレ(やまつつじ)、奥にナンテン(南天)やきんかん、あじさい、やつでなども植栽した。通りがかりの住民から「きれいになったね」と喜ばれている。雨の日でも参拝しやすいようにと、2日には追悼碑の周りに砂利を敷いた。日本語解説板の下には新たにハングル版も設置した。西崎さんは「来年には追悼碑完成コンサートも予定している」と話している。
(2009.11.18 民団新聞)