掲載日 : [2010-04-28] 照会数 : 5595
上田正昭氏が百済とのえにし語る 神奈川「韓国歴史文化講座」
[ 会場からの質問に答える上田名誉教授 ]
【神奈川】神奈川韓国綜合教育院(金洪斤理事長)は20日、横浜市神奈川区の韓国会館で韓国歴史文化講座「コリアンカルチャーサロン」の10年度第1回を開いた。会場には歴史に関心のある約180人が参加し、質問も相次いだ。
「平安京と東アジア‐桓武天皇と百済王朝」をテーマに、上田正昭京都大学名誉教授が講演を行い、『日本書紀』や『続日本紀』などの古文献を引用しながら桓武天皇と百済とのつながりについて説明した。
上田氏は「桓武天皇は平城京(奈良)から長岡京、さらに794年に平安京(京都)に遷都した。3つの都に在位しただけでなく、1000年以上続いた平安京の基礎を築いた点、注目される」と述べ、「古文献には百済王や百済大神などの記述が随所に見られる」と因縁の深さを強調した。
天皇、皇后も関心 京都で夕食ともに
講演の中で上田氏は興味深いエピソードを披露した。
08年11月1日、「源氏物語千年紀」の記念式典が京都で天皇、皇后の出席のもとに開かれた。式典に先立ち宮内庁から上田氏のところに電話があり、「当日、天皇、皇后がともに夕食をしたい意向だが都合はどうか」との問い合わせがあった。「出席者は誰々か」と尋ねると「先生1人だけ」だという。
天皇、皇后に会うと、百済に関する質問が相次いだ。「663年、白村江の戦いで百済はどうして唐・新羅の連合軍に敗れたのか」「武寧王とはどんな人物か。日本書紀には日本で生まれたと記されているが…」等々。懇談は2時間に及び、侍従らから「時間です」との声がかかった。それでもまだ話し足りない様子だった。
天皇は01年12月、誕生日を前にしての恒例記者会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、この時以来、日本に五経博士が代々招聘されるようになりました。また、武寧王の子、聖明王は、日本に仏教を伝えたことで知られております」と発言した。
上田氏は著書(65年)で「天皇家に朝鮮の血が入っている」と述べて以来、右翼団体から「売国奴」などと脅迫され続けたが、この01年の「おことば」以降、脅迫がなくなったという。
講座日程は次の通り。▽5月18日=「漂泊のメガホン‐三つの名前をもった監督」内海愛子(早稲田大学客員教授)▽6月22日=「朝鮮通信使のみち」李進熙(和光大学名誉教授)▽9月14日=「文化の破壊、歴史のゆがみ」前田憲二(映画監督)▽10月19日=「日韓のスポーツ交流と在日韓国人」大島裕史氏(スポーツライター)。問い合わせは同教育院(℡045・753・2021)。
(2010.4.28 民団新聞)