
室町時代の朝鮮通信使
朝鮮王朝初期の外交官で、朝鮮通信使の始祖とされる李藝の生涯を描いた小説が今月、韓日で同時出版された。李藝は韓日交流史に大きな足跡を印した人物だが、日本ではごく一部の研究者が論文で取り上げているにすぎない。小説になったことで、初めて李藝の人間像がよみがえることになった。
ドキュメンタリー映画も計画
小説化を企画したのは、韓日合作映画「海峡をつなぐ光」で知られざる韓日交流史にスポットをあてた映画&コンテンツプロデューサーの益田裕美子さん(平成プロジェクト代表)。5年前、日本サムスン元代表取締役で李藝の直系の子孫にあたる李昌烈さんから史実を聞き、「文武両道の新たなヒーローの誕生」に胸をときめかせた。
映像を通じて日本の若者が歴史に目覚めることを使命としてきた益田さんは、李藝を身近な人物として小説化することを思い立った。筆者の金住則行さん(71、弁護士、平成プロジェクト取締役執行委員)には「恋愛を入れてほしい」と注文した。
金住さんも09年に李さんから話を聞き、李藝のドラマチックな生き様に魅せられた一人だ。「倭寇に拉致された母親を探そうと外交官をめざした孝道、日本に拉致された同胞667人を連れ戻すための決死の努力と忠義心に驚き、そして感動した。日韓の交流の道を開いた李藝の生き方を知ってもらい、これからの交流、発展につながれば」との思いを強くしたという。
ただし、小説ながら、史実という枠内で想像力を発揮しなければならなかった。金住さんは「難しいが、楽しい仕事でもあった」と振り返った。監修は李藝研究で博士号を取った日本の高校教諭と、高麗大学大学院の李明勲教授らが担当した。
日本語版は河出書房新社刊1600円(税別)。
都内で出版会
小説『李藝』出版記念祝賀会が10日、都内のホテルで開かれ、韓日両国から260人が出席した。祝辞に立った18世孫の李秉稷さん(蔚山韓日親善協会会長)は「原稿を読んで、何回も涙した。韓日の友好を願い、李藝がかつて立ち寄った京都と沖縄に石碑を建てるのが念願」と述べた。
出版を契機に1日、韓日合同の「李藝啓蒙推進実行委員会」も発足した。シンポジウムや講演活動を通して全国で李藝の人間像を伝え、賛同協賛人を集めて韓日共同制作によるドキュメンタリー映画化もめざす。問い合わせは同実行委(℡03・6272・9420)。
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李藝 1373年蔚山生まれ。8歳の時に倭寇によって母親をさらわれたことを契機に官職につく。国王使節として40数回、京都、九州、沖縄、対馬などを往来しながら母親を探した。当時の足利幕府と交渉して倭寇によって連れ去られた同胞667人を連れ戻した。また、足利幕府に大蔵経を贈るなど、両国の文化交流にも寄与した。対馬との間では朝鮮との「通交貿易」に関する条約締結に尽くし、これが対馬の発展につながったとされる。韓国政府が10年「外交人物」に選定したことから同年5月、長崎県対馬市峰町の円通寺に「通信使李藝功績碑」が完成した。
(2011.12.21 民団新聞)