
李昌順さんが韓日関係史解明へ
古代からの密接な韓日関係史を読み解こうと、在日同胞の主婦が、渡来人から始まる独自の系図づくりに挑戦している。その子孫の血縁関係をコツコツたどり、すでに鎌倉時代の主役である関東武士までたどり着いた。これまでに作成した部分的な系図は少なくとも100枚をくだらないという。それぞれは縦に、横にと有機的につながっている。
30年間でコツコツ100枚
この主婦は李昌順さん(72、東京都中野区)。きっかけは「韓半島からの渡来人が日本でどこで、どう生きたのか」という素朴な疑問だった。古事記や日本書紀などの関連書籍を読み、人的なつながりをよく理解したいと、「暗号を解いていく気持ち」で系図を書き写してきた。その結果、渡来人の一部が、日本の古代史の主要な骨格を形成していることをあらためて確認し、李さんの探究心に火がついた。
天皇が桓武天皇の生母を引き合いに出して「韓国とのゆかり」を語ったのは01年12月、68歳の誕生日のこと。皇室に朝鮮王室の血が流れていることはよく知られた事実だが、自ら系図で確認してみると、感慨も格別なものがあったという。
李さんが渡来人の系図づくりに関心を持ったのは、いまから30年ほど前にさかのぼる。当時、李さんは夫の蘇在鳳さん(民団東京・中野支部副団長)と2人で小さな「定食屋」を営んでいた。ときたま、なじみの客から韓国・朝鮮を卑下するかのような声を聞き、李さんは心の中で割り切れない思いを抱いた。
それからは趣味の一環として、好奇心のおもむくまま韓日関係史について調べるようになった。教材はテレビで放映される歴史ドキュメンタリ‐だったり、小説、新聞・雑誌のコラムといった身近なものから始めた。ご主人の蘇さんも神社仏閣を回り、韓半島ゆかりの縁起を調査するなどして側面から協力してきた。
しかし、渡来人は日本に定着していく過程で次々と名前を変えていったため、系図をたどるのはそう簡単ではなかった。「途中でわけが分からなくなって、何回もやめようと思った」。逆にちょっとしたキーワードをみつけて一気に視界が開けたときもあった。
李さんは、「緞帳はもとはといえば高句麗由来。1度でもこういう歴史を知ると、もうやめられない。ゴールはないです」という。
(2012.2.29 民団新聞)