
関東大震災「藤岡事件」
【群馬】関東大震災直後に自警団によって虐殺された同胞17人を悼む市民団体主催の集いが9日、藤岡市の浄土宗成道寺で営まれた。今年で15回目。約80人が参列した。
旧藤岡町役場に残されていた文書などによれば、犠牲となった17人は藤岡市新町の土木請負業鹿島組に雇用され、現在のJR高崎線の敷設工事に携わっていた。1923年9月1日の大震災発生直後、安全確保のため藤岡署に保護されていたところを、5日から6日にかけての夜間、日本刀や鉄砲、棍棒などで武装した自警団約2000人に襲われた。これは「藤岡事件」とも呼ばれている。当時、群馬県警は直接の加害者として37人を検挙したが、大審院では9人に最高で懲役3年という判決が下されたにすぎない。
事件直後、藤岡署に隣接していた成道寺の住職(当時)は、檀家の反対を押し切って位牌をつくり、地元藤岡町長、藤岡警察署長ら有志も、境内に犠牲者の名前を刻んだ「殉難者追悼之碑」を建立して祀ってきた。主催団体を代表して日朝協会群馬支部の永井正取会長は、「事実をまず、きちっと受け止めるのがすべての始まり」と述べた。
本堂での供養の後、境内で韓国伝統舞踊家の金順子さんが鎮魂の「サルプリ」を舞った。この後、藤岡公民館に移り、「学習と交流の集い」をもった。
(2012.9.19 民団新聞)