掲載日 : [2003-09-03] 照会数 : 3529
関東大震災人権救済申立事件 日弁連の報告書<上>
関東大震災人権救済申立事件 日弁連の報告書<上>
関東大震災(1923年9月1日)時の在日同胞、中国人虐殺事件と関連して日本弁護士連合会は、8月25日に小泉純一郎首相に「勧告書」を提出した(8月27日付本紙4面記事参照)。同「勧告書」中の「勧告の理由」別添え調査報告書「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」を2回に分けて抜粋紹介する。
……………………………………………
第3章 当委員会の判断
次の主文による勧告を日本政府に対して行うべきものと考える。
【主文】
1、国は関東大震災直後の朝鮮人、中国人に対する虐殺事件に関し、軍隊による虐殺の被害者、遺族、および虚偽事実の伝達など国の行為に誘発された自警団による虐殺の被害者、遺族に対し、その責任を認めて謝罪せよ。
2、国は、朝鮮人、中国人虐殺の全貌と真相を調査し、その原因をあきらかにせよ。
第4章 上記判断に至った理由
申立人による人権救済の申立を受けて、人権擁護委員会の任命のもとに事件の経過と国の責任を調査した事件委員会は、国に対して前記のとおり勧告を出すべきとの結論にいたったので、調査の経緯、結論の基礎とした事実認定、その根拠についてここに記載する。
(第1、第2 略)
第3 軍隊による虐殺 1 認定と根拠
(1)認定
被害者の人数を確定するには至らないが、関東大震災において多数の朝鮮人・中国人が軍隊によって殺害された。
(2)認定の根拠
従来、軍人による朝鮮人虐殺については、被害者側の目撃供述、その伝聞、元兵士による述懐など、さまざまな記録が残されている(第一師団騎兵第十六聯隊見習士官越中谷利一の手記(『現代史資料6』xiv)、全虎岩『亀戸事件の記録』亀戸事件碑記念会編・国民救援会、崔承萬「日本関東大震災わが同胞の受難」『極熊筆耕―崔承萬文集』等々)。しかしながら、当委員会として、供述あるいは述懐する本人と面談することはすでに叶わず、また、残された記録の裏付を諸事実と照らし合せて確認することも容易ではない。
しかしながら、陸軍および政府に残る資料から、軍隊による殺害の事実を確認することができる。また、中国人に関しては、資料収集者に対する聞き取りが実現したことから、これを判断の参考にすることが可能であった。
以下に検討の内容を記す。
(2、3 略)
4 結論
以上のとおり、軍隊によって朝鮮人および中国人が殺害された事実が認定できる。(以下略)
第4 自警団による虐殺
1 事実
関東大震災における朝鮮人虐殺の、相当な部分は民間人によるものであった。
民間人による虐殺行為は、いわゆる自警団によるものであったことは、以下のとおり、様々な資料の示すとおりである。 (1)新聞報道
当時の新聞報道記事によれば、東京日々新聞(大正12年10月21日)は、船橋町の虐殺について「鮮人の行衛不明にぢれ気味であった船橋自警団初め八栄村自警団など約150名は……全部を殺害し」(資料第1の1、『現代史資料6』207頁)、「保土ヶ谷久保山方面で行われた青年会自警団等の殺人事件に関し詳細聴取」(同208頁)等を報道している。同様に、読売新聞(大正12年10月21日)は「子安の自警団員の多くは日本刀を帯いて自動車を走らせ……五十余の鮮人は死体となって鉄道路線に遺棄された」(同210頁)と報道し、国民新聞(大正12年10月12日)は「暴行自警団員及陰謀事件の犯人検挙」(同211頁)を報じるなど、当時の多数の新聞記事が自警団による朝鮮人殺害事件を報じている。
(2)、(3)、(4) 略
2 自警団による虐殺に関する国の責任
自警団による朝鮮人虐殺の事実は、民間人による犯罪行為ではあるが、その背景と原因を精査するならば、国の責任に言及せざるを得ない。
(1)朝鮮人に関する虚偽事実の流布(流言飛語)
そもそも、朝鮮人が放火、爆弾所持・投擲、井戸への毒物投入等の不逞行為をおこなっているという喧伝は、客観的事実ではない流言飛語であった。少なくとも、各所で多数のそうした行為が行われたり、組織的な行為が行われたという形跡はない。これが流言飛語であったことは、以下のとおり当時の警察文書の記載からも明かな事実である。
例えば、警視庁編『大正大震火災誌』(資料第1の1『現代史資料(6)』39頁以下)は、「鮮人暴動の蜚語に至りては、忽ち四方に伝播して流布の範囲亦頗る広く」「流言蜚語の、初めて管内に流布せらりしは、9月1日午後1時頃なりしものの如く、更に2日より3日に亘りては、最も甚しく、其種類も亦多種多様なり。」(同39頁)と記載し、以下時々刻々の流言飛語の状況と内容を摘示し、その取締状況と朝鮮人保護の状況に至るまで詳細に記録している。これは、鮮人暴動・不逞行為などの言説がおよそ客観的事実にもとづかない流言であったことを直截に物語るものである。
また、警視庁編「大正大震火災誌抄」(資料第1の1『現代史資料(6)』49頁以下)は、警視庁管内の各警察署における朝鮮人に対する殺害などの犯罪行為を詳細に記録した史料であるが、この記録においても、「鮮人暴動の流言熾に行はれ」「鮮人暴挙の流言行はるるや」「流言蜚語の初めて管内に伝播せらるるや」(同49頁)等と記載されており、一貫してこれらが流言に過ぎなかったことを明らかにしている。
後述のとおり、海軍省船橋送信所から打電された内務省警保局長発の打電は流言飛語の大きな原因になったのであるが、船橋送信所は、当時それだけはでなく、遭難信号や応援依頼の送信を繰り返して、「鮮人暴動」「来襲」等の打電を連送したことによって流言飛語の各地への拡大・伝播に大きく寄与したことがあきらかになっている。そして、この一連の打電の顛末を報告する軍関係文書、東京海軍無線電信所長の大正12年10月1日付横須賀鎮守府参謀長宛「船橋送信所無線電報に関する件」(資料第1の1『現代史資料(6)』20頁)は、「情勢不明にして騒擾の真相を確かむるを得ず避難者より或は青年団より誇大な情報」と記載し、「不逞鮮人来襲」が客観的事実に基づくものではなかったことを認めている。
同様に、この船橋送信所の所長である大森大尉自身の報告書「送信所にて採りたる処置並びに状況」(資料第1の1『現代史資料(6)』23頁)は、「警備に関しては送受両所間の聯絡杜絶せしため種々の錯誤を生じ遺憾の点多かりしも・・・終始不安に堪へざりし為如斯失態を演じ・・・結果より見れば徒に宣伝に乗りたる事となり慙愧に不堪」と、これらの打電の内容は客観的事実に基づくものではなかったこと、それにもかかわらず流言に乗ってしまったものであることを率直に述べている。
内閣総理大臣山本権兵衛の残した『戒厳令に関する研究』と題する文書(資料第1の3『政府戒厳令関係史料Ⅰ巻』578頁)以下では、朝鮮人に関する流言事例を具体的にとりあげて検討し、それを事実に反することとして否定している。
(以下略)
以上、朝鮮人が放火、爆弾所持・投擲、井戸への毒物投入等の不逞行為をおこなっているという事実はなかった。それにもかかわらず、次に述べるとおり、内務省警保局および船橋送信所は、虚偽の事実認識を広範に伝播した。
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【調査報告書の目次】
第1章 申立の概要
第1 当事者
第2 申立の趣旨
第3 申立の理由(概要)
第2章 調査の経緯
第3章 当委員会の判断
第4章 上記判断に至った理由
第1 関東大震災によ る罹災と戒厳令、虐殺 の発生
第2 虐殺事件の背景 となった戒厳宣告
1 関東大震災におけ る戒厳令
2 戒厳宣告の手続上 の問題点
3 事件の重大な背景 としての戒厳宣告・
第3 軍隊による虐殺 1 認定と根拠
(1)認定(2)認定の根拠
2 軍隊による朝鮮人 殺害
(1)政府の記録に残る事件(2)上記以外の事件
3 軍隊による中国人 虐殺
(1)軍の関与(2)大島町事件(3)王希天事件(4)中国人の虐殺被害者数について
4 結論
第4 自警団による虐殺 1 事実
(1)新聞報道(2)刑事確定記録(3)刑事裁判についての新聞報道(4)自警団に関する自衛隊および警視庁の資料
2 自警団による虐殺に関する国の責任(1)朝鮮人に関する虚偽事実の流布(流言飛語)(2)流言飛語の原因となった虚偽事実の伝達―内務省警保局長発の打電(3)行政機関による虚偽事実の伝達と自警団の組織(4)刑事事件判決に判示された事実(5)千葉県八千代市在住者の残した日記による記録(6)関東戒厳司令官の告諭及び命令について(7)流言飛語の発生・自警団創設に関する国の関与と、自警団による朝鮮人虐殺(8)当時の政府機関における朝鮮人に対する考え方(9)マイノリティー保護に関する国際的認識
3 結論
第5章 再発防止の重要性
(2003.09.03 民団新聞)